リアルって?
2006-05-01
突然ですが、みなさんは仮面ライダー響鬼が好きですか?
俺は好きなライダーです。ただし、これには「井上敏樹以前の・・・・」という言葉がつきます。
理由は簡単で『井上が書くようになってから響鬼の面白さが消えたから』です。
それまでの明日夢とヒビキさんの交流を中心としたジュブナイル的な面白さが無くなり、それまでの平成ライダーとあまり変わらない内容になって独自性が薄れた上に、設定無視が目立ち始め迷走が始まったからです。
しかし、そんな響鬼の悪化を「面白い」という人がいます。某漫画家などは「人間関係がリアルになって面白い」と言った人もいるそうです。
これを聞いて、かなり違和感を感じました。
今までの響鬼はリアルではなく、井上が書いたらリアルになった・・・・・。
明らかに勘違いも甚だしいのですが、これには理由があるのです。 井上が書き始めてから、目立ち始めたのが「人間同士のいがみ合い」です。
いがみ合う理由も様々で、中にはキャラの性格が強制的に変えられたこともありました。
特に「桐矢 恭介」と言うキャラは、人を苛立たせるために作られたようなキャラで、明日夢に対して行うイチャモンの数々は、朝から気分悪くさせる物でした。(実際に見るのを辞めた人も何人か知っています)
しかし、そんな展開が「リアル」と言われ、受け入れられる・・・・・。個人的には非常に理解できない感覚ですが、実はこれと似た様な人気アニメがあります。
それは国民的アニメ『ガンダム』です。特に最新作のSEEDに顕著なんですが、そこでは何人もの人間がいがみ合っていて、その大半が私的な愛憎によるものです。
その世界では、いがみ合い、争いあう事が当然として受け入れられていて、大抵のキャラの行動はそれによって支えられています。時に主人公が感情に引きずられた挙句、犯罪者的な行動を取ったりもするのですが、それすらも受け入れられています。
ですが、いくらなんでもそんな事をリアルと言えるでしょうか?
人間、生きていく中で憎悪が芽生える事なんて珍しい事なんかじゃありません。しかし、その感情に引きずられて生きる人間なんて犯罪者くらいです。
ほとんどの人間は感情によってではなく、様々な要因に縛られながら行動しています。その中では私的な感情よりも、公共心が勝る事も多々あります。
もちろん、アニメ等のフィクションの世界と現実を一緒に語ると言うのが正しいと言えない事位はわかります。
それでも、ある程度のリアルな世界を作るのなら、エゴのみをぶつけ合う関係を描き続けるのは愚行でしょう。
私心と公共心。その両方のバランスが取れたシナリオ。本当にリアルを求めるのならそういうシナリオにして欲しい物です。
俺は好きなライダーです。ただし、これには「井上敏樹以前の・・・・」という言葉がつきます。
理由は簡単で『井上が書くようになってから響鬼の面白さが消えたから』です。
それまでの明日夢とヒビキさんの交流を中心としたジュブナイル的な面白さが無くなり、それまでの平成ライダーとあまり変わらない内容になって独自性が薄れた上に、設定無視が目立ち始め迷走が始まったからです。
しかし、そんな響鬼の悪化を「面白い」という人がいます。某漫画家などは「人間関係がリアルになって面白い」と言った人もいるそうです。
これを聞いて、かなり違和感を感じました。
今までの響鬼はリアルではなく、井上が書いたらリアルになった・・・・・。
明らかに勘違いも甚だしいのですが、これには理由があるのです。 井上が書き始めてから、目立ち始めたのが「人間同士のいがみ合い」です。
いがみ合う理由も様々で、中にはキャラの性格が強制的に変えられたこともありました。
特に「桐矢 恭介」と言うキャラは、人を苛立たせるために作られたようなキャラで、明日夢に対して行うイチャモンの数々は、朝から気分悪くさせる物でした。(実際に見るのを辞めた人も何人か知っています)
しかし、そんな展開が「リアル」と言われ、受け入れられる・・・・・。個人的には非常に理解できない感覚ですが、実はこれと似た様な人気アニメがあります。
それは国民的アニメ『ガンダム』です。特に最新作のSEEDに顕著なんですが、そこでは何人もの人間がいがみ合っていて、その大半が私的な愛憎によるものです。
その世界では、いがみ合い、争いあう事が当然として受け入れられていて、大抵のキャラの行動はそれによって支えられています。時に主人公が感情に引きずられた挙句、犯罪者的な行動を取ったりもするのですが、それすらも受け入れられています。
ですが、いくらなんでもそんな事をリアルと言えるでしょうか?
人間、生きていく中で憎悪が芽生える事なんて珍しい事なんかじゃありません。しかし、その感情に引きずられて生きる人間なんて犯罪者くらいです。
ほとんどの人間は感情によってではなく、様々な要因に縛られながら行動しています。その中では私的な感情よりも、公共心が勝る事も多々あります。
もちろん、アニメ等のフィクションの世界と現実を一緒に語ると言うのが正しいと言えない事位はわかります。
それでも、ある程度のリアルな世界を作るのなら、エゴのみをぶつけ合う関係を描き続けるのは愚行でしょう。
私心と公共心。その両方のバランスが取れたシナリオ。本当にリアルを求めるのならそういうシナリオにして欲しい物です。
コメント
どうも、いつもありがとうございます。
結局、『現実は甘くない』と言えば、大体肯定される環境がありますからね。製作側などがその言葉に甘えていることに気づかずに・・・・・。
あの宮内洋さんは「ヒーローは教育番組」と言ってますからね。
今のオタクにおもねらずに、子供の心に良い影響を与えてくれる作品が出来れば・・・・・。
そういう点では、常に子供に対しての目線を忘れない戦隊シリーズはすごいですね。
長文に関しては気にせずに。こちらも楽しく読ませてもらっていますし、なるほどと気づく事もありますので。
結局、『現実は甘くない』と言えば、大体肯定される環境がありますからね。製作側などがその言葉に甘えていることに気づかずに・・・・・。
あの宮内洋さんは「ヒーローは教育番組」と言ってますからね。
今のオタクにおもねらずに、子供の心に良い影響を与えてくれる作品が出来れば・・・・・。
そういう点では、常に子供に対しての目線を忘れない戦隊シリーズはすごいですね。
長文に関しては気にせずに。こちらも楽しく読ませてもらっていますし、なるほどと気づく事もありますので。
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やはり「リアル」という言葉は誤った意味で使われている傾向があり、単なる魔法の言葉として逃げている人も多いのではないでしょうか。
『響鬼』は前半29話までは「すげぇー!今度のライダーって、口から火を吐くんだ!!」という、良い意味で一話ごとにツッコミが入れられる、毎週の放映が楽しみになった、そんなドキドキワクワク感いっぱいのヒーロー番組でした。
その他にも、ヒビキさんを初めとする「子供の見本となりえるカッコイイ大人達」、明日夢やアキラを初めとする「少年少女の一歩一歩の成長」、同じまつろわぬモノ共でありながら戦う鬼と魔化魍という伝奇浪漫…。
そういうきちんと筋道立てた説明や、今まで積み重ねてきた伏線という、物語の魅力やキャラクター性を全て否定して「リアル」などという安い魔法の言葉を求める行為は、「あー、なんか勘違いしてるねオニイチャン」と言われても仕方がないのです。
…後半響鬼を肯定してるのがホントに極一部だったのが救いだったのかなァ…、っと、やっぱり彼らが好きなのは「ファイズ以降の平成仮面ライダー」であり、「ヒーローとしての仮面ライダー」ではなかったんだなァ、と寂しくなってしまいました。
あと、井上や種ガン&デス種監督の嫁及び久美沙織ドラクエ小説に共通する事なんですが…。
いくらそのキャラクターが好きだっつっても、あらゆる場面やどうでもいい状況にまでそのキャラをホイホイ出すという話の創り方は、物語をぶち壊すだけでなく、かえってそのキャラの魅力を貶める結果に終わってしまうのです。
いつもダルな長文で申し訳ないです、ではでは。