6th BREAK 『大 敵−アーク・エネミー−』 第一章
2007-04-10
再掲載ではない新作です。
気分も新たに頑張って行きたいと思います。 6th BREAK
『大 敵−アーク・エネミー−』
1
「どうぞ、口に合うかはわかりませんが」
レンジが自分の目の前に置いたコーヒーからは芳醇な香りが漂ってくる。それだけで、今まで自分が飲んできたインスタントとは比べ物にならない事が理解出来る。
だが、そんな物を飲む気にはならない。近くにあるだけでたまらなく不快になる。
「コーヒーは嫌いですか? カズエ博士」
「いえ、好物ですよ。研究をする時にはコーヒーとドーナツが最高のパートナーですからね。でも・・・・・こんな時にコーヒーを美味そうに飲めるほど無神経じゃないんです」
カズエは、そう言いながらコーヒーを床にこぼす。床に敷き詰められた絨毯に琥珀色の大きな染みができる。
「博士、そのような真似は・・・・・」
「だったらなんですか? あたしを殺します? それとも犯すつもりかしら。なにせ、つかまえてすぐにこんな立派な部屋に連れ込んでいるんですものね」
カズエはレンジに悪態をつきながら部屋を見回す。そこは高級マンションと言われても疑いようの無い郷かな部屋だった。最新式のAV機器もあり、シャワーもトイレも完備してある。ここで暮らせと言われたら大抵の人間が喜んで暮らすであろう部屋だ。
そんな所に無目的に連れ込むとは思えない。カズエは最悪の状況を思い浮かべ、表には出さないものの恐怖に身を硬くする。
だが・・・・・・・
「誤解しないでいただきたい。私達は貴女に危害を加えるつもりは無い」
「え?」
レンジの言葉は意外な物だった。
「私はヴァルゼリオンとジンは不要と言っていたが、貴女は別だ。貴女の実力があればイスルギの兵器開発部門は今よりも成長出来る。その為に私は貴女をそれ相応の待遇で迎え入れたいのです」
「私の腕を買いたいと?」
レンジは黙ってうなづく。カズエにとって、この様な事は珍しい事では無い。自分のような開発者の世界は有能な一握りの者を各国、各企業が奪い合っているのが日常茶飯事だ。
よほどの変人でも無い限り、自分を高く買ってくれる所へ転々とする事が常だ。開発者とて霞を食べて生きているわけでもなければ、仕事以外に生き甲斐が無いわけではないのだから。
「どうでしょうか、カズエ博士。貴女が望むのならばこの小切手を渡しても良いと伝えられています」
レンジが懐から出した小切手の額は確かに魅力的な物だった。これほどの金があれば、人生を5、6度は遊んで暮らせるだろう。
「なるほど、これは面白い話ですね」
カズエは小切手を手に取り、微笑む。
「貴方の意思は伝わりました。ならば私もそれに答えましょう」
カズエは手に取った小切手を真っ二つに破いた。何度も何度も念入りに破き、細かくなった小切手の破片を床へ捨てる。
「これが答えです。貴方達イスルギにこの身を売るつもりは無いので。私のいるべき場所はDCだけですから」
カズエはハッキリとレンジに拒絶の意思を示す。例え、この身がどうなろうと死んでしまったビアン総帥やナオトの遺志を捨て去るわけに行かないからだ。
「そうですか、それならば仕方が無い。貴女の事は諦めましょう」
意外な事にレンジはあっさりと引き下がった。それなりの実力行使は覚悟していたのだが、レンジはそんなそぶりを見せようとしない。その事がかえってカズエの不安を煽る。
「ならば、ジンは殺すしかないですね」
「・・・・・・え?」
レンジの唐突な一言はカズエの思考能力を奪い去った。
「何を言って・・・・・?」
どうにか搾り出した声は、これ以上無い位に震えていたそんな動揺を悟っているのか、レンジはしごく淡々と言葉を紡ぐ。
「当然でしょう。ジンは貴女と違ってイスルギにとっては不必要な存在だ。今も生かしているのは貴女に対する取引材料でしかないんですよ。しかし、貴女は取引を拒絶した。ならばジンを生かしておく意味はこちらには無いんですよ」
「そんな・・・・・・ジンは貴方の実子じゃ・・・・・」
「それは関係ありません。問題はイスルギ重工にとって必要か否か、血縁などここでは何の意味も持たない」
「じゃあ、ジンは・・・・・・」
「この建物の地下にある独房の中です。そこで私の部下が殺害指示を待っています」
カズエは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。このイスルギ重工の闇はとてつもなく深い。ここまで非人間的な行為を躊躇い無く行えるとは思っていなかった。
「納得していただけましたか? それではそろそろ失礼させていただきます。部下を待たせていますので」
「ちょっと・・・・・まさか、もうジンを!?」
驚きのあまり、レンジに対する言葉使いが乱れてしまうが、レンジは気にもとめない。
「もちろんですよ。わざわざ長引かせるほどの事じゃないですので。それと貴女自身の事は安心してしていいですよ。貴女はジンを殺し次第、開放します。こちらが接収したドミニオン・システムの代償とでも思ってください」
レンジは、そう言い残して椅子から立ち上がった。この男は本気だ。脅しでも何でも無くジンを殺すつもりだ。
止めなくてはいけない。ジンを救えるのは自分しかいないのだ
「待って!! 私はイスルギに協力するわ!! だからジンを助けて!!」
「・・・・・さっき貴女は『イスルギには身を売らない』と言いましたよね。そんなに簡単に前言撤回するのですか?」
レンジの横顔に笑みが浮かんでいる。この男は自分がこうする事を読んでいて、それを嘲笑っているのだ。カズエはこれ以上無い位の恥辱に身体を震わせた。
レンジは笑みを浮かべながら、カズエに向き直る。
「いいでしょう、ジンの命は保障します。ただ、残念ながら特別待遇の話は無しです。貴女が反故しましたからね」
「わかっています・・・・・」
「それならいいのです。あと、ジンについてはしばらくは独房で拘束していますので、再会はしばしお待ちください」
「え?」
「残念ながら、貴女の技術は信頼していますが貴女個人を信頼してはいません。もし意図的に致命的な欠陥を組み込まれていたら大変な事になりますからね。それをさせないための保障ですよ」
「そんな・・・・・」
「ジンを助けたければその証拠を見せてください。それまではジンの扱いはこちらに任せてもらいますからね」
レンジはそう言い放ち部屋から出ていく。
呆然としているカズエの目から涙がこぼれ落ちた。自分の無力さ、ジンを救えない事の悔しさがその涙を流させた。
「ジン・・・・ごめんなさい・・・・・」
今も苦しんでいるジンを思い、カズエはただ嗚咽し続けた。
男の爪先がジンの腹へ突き刺さる。その蹴りが胃を刺激し、ジンは血の混じった吐瀉物を撒き散らす。
周りで見ている数人の男が苦しむジンを見て、声を出して笑い出す。
「汚ねえなあ」
ジンは頭を男に踏みつけられ、自分の吐瀉物に顔を叩きつけられた。蹴りは一度だけでは終わらず、腹も腕も背中も関係無く、何度も何度も執拗にジンを蹴りつけた。
周りで見ていた男達も見ているだけでは物足りなくなったのか、少しずつジンを蹴り始める。男達はサッカーでも楽しむようにジンの身体を蹴りつけて歓声を上げた。何度も身体に叩きつけられる激しい痛みは、ジンが意識を失う事を許さない。
もはや痛みの感覚すら鈍くなった頃、男達はジンを蹴るのをやめた。ジンの耳には「また今度な」という言葉が聞こえた気がしたが、耳がまだ使えるのかは疑わしい。なにより、男の言葉よりも重要な事があるのだから。
ジンは地面を這いずり、床にぶちまけられた自分の食事を頬張った。既に異臭を放っているものの、今の自分にとっては唯一の栄養源なのだから。舌で床を舐めるように食物を救い取る。どうやら今回は釘もカッターの刃も入っていないようだ。口内が切れている為、血の味と混ざりながらも無事に飲み込める事に安堵する。
やっとの思いで食事を終えたジンは、身体に走る痛みを必死に堪えて少しでも身体の治癒が早まるように休息を取った。今のジンにはそれぐらいしか出来ないからだ。
キョウシロウの罠にはまって捕らえられた時に、カズエとは別れてしまった。そして自分は全裸で光のほとんどない独房に監禁され、昼夜を問わず虐待されている。いや、もはや時間の感覚はとっくに無くなっていた。
不幸中の幸いか、あらゆる虐待をされたものの鍛えぬいた体のおかげで重体には至ってはいないが、エスカレートしていく虐待に耐え続ける事は無理だろう。脱出の機会を探ろうにもカズエだけでは無くアヤネも人質に取られている今、下手に動くわけには行かない。
もはや八方塞の中で、ジンは溜息を突きながら天を仰ぐと、少しずつ意識が遠くなっていく。どうやらしばらく痛みから解放されそうだ。
「カズエさん・・・・・・アヤネ・・・・・・」
『無事で・・・・・』そう言い切る事も出来ず、ジンの意識は闇に溶けていった。
気分も新たに頑張って行きたいと思います。 6th BREAK
『大 敵−アーク・エネミー−』
1
「どうぞ、口に合うかはわかりませんが」
レンジが自分の目の前に置いたコーヒーからは芳醇な香りが漂ってくる。それだけで、今まで自分が飲んできたインスタントとは比べ物にならない事が理解出来る。
だが、そんな物を飲む気にはならない。近くにあるだけでたまらなく不快になる。
「コーヒーは嫌いですか? カズエ博士」
「いえ、好物ですよ。研究をする時にはコーヒーとドーナツが最高のパートナーですからね。でも・・・・・こんな時にコーヒーを美味そうに飲めるほど無神経じゃないんです」
カズエは、そう言いながらコーヒーを床にこぼす。床に敷き詰められた絨毯に琥珀色の大きな染みができる。
「博士、そのような真似は・・・・・」
「だったらなんですか? あたしを殺します? それとも犯すつもりかしら。なにせ、つかまえてすぐにこんな立派な部屋に連れ込んでいるんですものね」
カズエはレンジに悪態をつきながら部屋を見回す。そこは高級マンションと言われても疑いようの無い郷かな部屋だった。最新式のAV機器もあり、シャワーもトイレも完備してある。ここで暮らせと言われたら大抵の人間が喜んで暮らすであろう部屋だ。
そんな所に無目的に連れ込むとは思えない。カズエは最悪の状況を思い浮かべ、表には出さないものの恐怖に身を硬くする。
だが・・・・・・・
「誤解しないでいただきたい。私達は貴女に危害を加えるつもりは無い」
「え?」
レンジの言葉は意外な物だった。
「私はヴァルゼリオンとジンは不要と言っていたが、貴女は別だ。貴女の実力があればイスルギの兵器開発部門は今よりも成長出来る。その為に私は貴女をそれ相応の待遇で迎え入れたいのです」
「私の腕を買いたいと?」
レンジは黙ってうなづく。カズエにとって、この様な事は珍しい事では無い。自分のような開発者の世界は有能な一握りの者を各国、各企業が奪い合っているのが日常茶飯事だ。
よほどの変人でも無い限り、自分を高く買ってくれる所へ転々とする事が常だ。開発者とて霞を食べて生きているわけでもなければ、仕事以外に生き甲斐が無いわけではないのだから。
「どうでしょうか、カズエ博士。貴女が望むのならばこの小切手を渡しても良いと伝えられています」
レンジが懐から出した小切手の額は確かに魅力的な物だった。これほどの金があれば、人生を5、6度は遊んで暮らせるだろう。
「なるほど、これは面白い話ですね」
カズエは小切手を手に取り、微笑む。
「貴方の意思は伝わりました。ならば私もそれに答えましょう」
カズエは手に取った小切手を真っ二つに破いた。何度も何度も念入りに破き、細かくなった小切手の破片を床へ捨てる。
「これが答えです。貴方達イスルギにこの身を売るつもりは無いので。私のいるべき場所はDCだけですから」
カズエはハッキリとレンジに拒絶の意思を示す。例え、この身がどうなろうと死んでしまったビアン総帥やナオトの遺志を捨て去るわけに行かないからだ。
「そうですか、それならば仕方が無い。貴女の事は諦めましょう」
意外な事にレンジはあっさりと引き下がった。それなりの実力行使は覚悟していたのだが、レンジはそんなそぶりを見せようとしない。その事がかえってカズエの不安を煽る。
「ならば、ジンは殺すしかないですね」
「・・・・・・え?」
レンジの唐突な一言はカズエの思考能力を奪い去った。
「何を言って・・・・・?」
どうにか搾り出した声は、これ以上無い位に震えていたそんな動揺を悟っているのか、レンジはしごく淡々と言葉を紡ぐ。
「当然でしょう。ジンは貴女と違ってイスルギにとっては不必要な存在だ。今も生かしているのは貴女に対する取引材料でしかないんですよ。しかし、貴女は取引を拒絶した。ならばジンを生かしておく意味はこちらには無いんですよ」
「そんな・・・・・・ジンは貴方の実子じゃ・・・・・」
「それは関係ありません。問題はイスルギ重工にとって必要か否か、血縁などここでは何の意味も持たない」
「じゃあ、ジンは・・・・・・」
「この建物の地下にある独房の中です。そこで私の部下が殺害指示を待っています」
カズエは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。このイスルギ重工の闇はとてつもなく深い。ここまで非人間的な行為を躊躇い無く行えるとは思っていなかった。
「納得していただけましたか? それではそろそろ失礼させていただきます。部下を待たせていますので」
「ちょっと・・・・・まさか、もうジンを!?」
驚きのあまり、レンジに対する言葉使いが乱れてしまうが、レンジは気にもとめない。
「もちろんですよ。わざわざ長引かせるほどの事じゃないですので。それと貴女自身の事は安心してしていいですよ。貴女はジンを殺し次第、開放します。こちらが接収したドミニオン・システムの代償とでも思ってください」
レンジは、そう言い残して椅子から立ち上がった。この男は本気だ。脅しでも何でも無くジンを殺すつもりだ。
止めなくてはいけない。ジンを救えるのは自分しかいないのだ
「待って!! 私はイスルギに協力するわ!! だからジンを助けて!!」
「・・・・・さっき貴女は『イスルギには身を売らない』と言いましたよね。そんなに簡単に前言撤回するのですか?」
レンジの横顔に笑みが浮かんでいる。この男は自分がこうする事を読んでいて、それを嘲笑っているのだ。カズエはこれ以上無い位の恥辱に身体を震わせた。
レンジは笑みを浮かべながら、カズエに向き直る。
「いいでしょう、ジンの命は保障します。ただ、残念ながら特別待遇の話は無しです。貴女が反故しましたからね」
「わかっています・・・・・」
「それならいいのです。あと、ジンについてはしばらくは独房で拘束していますので、再会はしばしお待ちください」
「え?」
「残念ながら、貴女の技術は信頼していますが貴女個人を信頼してはいません。もし意図的に致命的な欠陥を組み込まれていたら大変な事になりますからね。それをさせないための保障ですよ」
「そんな・・・・・」
「ジンを助けたければその証拠を見せてください。それまではジンの扱いはこちらに任せてもらいますからね」
レンジはそう言い放ち部屋から出ていく。
呆然としているカズエの目から涙がこぼれ落ちた。自分の無力さ、ジンを救えない事の悔しさがその涙を流させた。
「ジン・・・・ごめんなさい・・・・・」
今も苦しんでいるジンを思い、カズエはただ嗚咽し続けた。
男の爪先がジンの腹へ突き刺さる。その蹴りが胃を刺激し、ジンは血の混じった吐瀉物を撒き散らす。
周りで見ている数人の男が苦しむジンを見て、声を出して笑い出す。
「汚ねえなあ」
ジンは頭を男に踏みつけられ、自分の吐瀉物に顔を叩きつけられた。蹴りは一度だけでは終わらず、腹も腕も背中も関係無く、何度も何度も執拗にジンを蹴りつけた。
周りで見ていた男達も見ているだけでは物足りなくなったのか、少しずつジンを蹴り始める。男達はサッカーでも楽しむようにジンの身体を蹴りつけて歓声を上げた。何度も身体に叩きつけられる激しい痛みは、ジンが意識を失う事を許さない。
もはや痛みの感覚すら鈍くなった頃、男達はジンを蹴るのをやめた。ジンの耳には「また今度な」という言葉が聞こえた気がしたが、耳がまだ使えるのかは疑わしい。なにより、男の言葉よりも重要な事があるのだから。
ジンは地面を這いずり、床にぶちまけられた自分の食事を頬張った。既に異臭を放っているものの、今の自分にとっては唯一の栄養源なのだから。舌で床を舐めるように食物を救い取る。どうやら今回は釘もカッターの刃も入っていないようだ。口内が切れている為、血の味と混ざりながらも無事に飲み込める事に安堵する。
やっとの思いで食事を終えたジンは、身体に走る痛みを必死に堪えて少しでも身体の治癒が早まるように休息を取った。今のジンにはそれぐらいしか出来ないからだ。
キョウシロウの罠にはまって捕らえられた時に、カズエとは別れてしまった。そして自分は全裸で光のほとんどない独房に監禁され、昼夜を問わず虐待されている。いや、もはや時間の感覚はとっくに無くなっていた。
不幸中の幸いか、あらゆる虐待をされたものの鍛えぬいた体のおかげで重体には至ってはいないが、エスカレートしていく虐待に耐え続ける事は無理だろう。脱出の機会を探ろうにもカズエだけでは無くアヤネも人質に取られている今、下手に動くわけには行かない。
もはや八方塞の中で、ジンは溜息を突きながら天を仰ぐと、少しずつ意識が遠くなっていく。どうやらしばらく痛みから解放されそうだ。
「カズエさん・・・・・・アヤネ・・・・・・」
『無事で・・・・・』そう言い切る事も出来ず、ジンの意識は闇に溶けていった。
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