4th BREAK 『壮絶なる遊戯』
2007-04-02
3連続となりましたが、以前うらのあさんのページ「シャイニングウィザード」に載せていた小説をアップしました。
現時点では、とりあえずこれで再アップ終わりです。
4th BREAK
『壮絶なる遊戯』
1
イスルギ重工日本本社の中にある『兵器実験室』。その中で、二人の男が何かのテストを行っていた。
「テスト終了。被験者『ジョウスケ・キザキ(城崎 譲介)』は、シミュレータから離脱してください」
室内に反響する電子音声を聞いて、コクピット型のシミュレータの中にいた男、ジョウスケは、勢いよく飛び出してきた。
「よっしゃ。おーわりー」
ジョウスケは、まるでテストが終った直後の学生のように声を出し、ラジオ体操でも、するかのように体や腕を動かしながら、近くでシミュレーションの結果を計測している者達に顔を向ける。
「どう?頑張ってみたけど、いい感じだった?」
「このようになりました」
ジョウスケの陽気な声とは対照的に、計測者は言葉少なにデータを開示した。その時・・・・
「あ・・・・・ありえん!!」
計測者の横にいたもう一人の被験者『シンイチ・フルミヤ(古宮 真一)』がデータを見ると同時に、興奮して立ち上がり、ジョウスケに怒鳴りかかってくる。
「お前、一体何をやった!!こんな事がありえるか!!」
「なんですか?別に俺は、いつものように出てきた標的を撃ってただけっすよ?」
シンイチの怒鳴り声に目を丸くしながらも、ジョウスケは答える。だが、シンイチは、その言葉で納得できなかったのか、それともジョウスケの答え方が悪かったのか、今だ怒りが収まらないようだった。
「いつものようにだと・・・・・。それでこんな数字が出せるか!!」
シンイチは、表示されているデータに一度目を向け、もう一度ジョウスケを睨む。
「見ろ!100%だ!!破壊率100%だぞ!?元・連邦の兵士だった俺が75%だったというのに、こんな事がありえるか!!」
「で・・・でも、本当に何もイカサマなんかしてないっすよ!!」
「そんなはずあるか!!正直に白状しろ!!」
いつのまにかジョウスケの襟首を掴み、今にも噛みつかんばかりに激昂するシンイチと、その勢いに飲まれて必死に弁解するジョウスケ。その時・・・・・・
「彼の言っている事は本当だ。」
自動ドアが開くと同時に聞こえてきた声に、その場にいた全員がドアへと目を向ける。
「クロウド博士・・・・・」
「だから、彼から手を離すんだ、シンイチさん」
「・・・・・・・・チッ」
クロウドと呼ばれた科学者らしき男の言葉に従い、シンイチは渋々とジョウスケから手を離し、部屋から出て行った。
「ああ、怖かった・・・・・。あんがと博士」
「気にしないでくれ。今の君は我が社にとって、役員各位の次に価値のあると言っても過言ではない存在だ」
「はいはい。わかってるよ・・・・・。ところで、博士。あんたが来たって事は・・・・」
「ああ。ようやく『アレ』の準備が終わった。それで君のデータを拝見するついでに君を呼びに来たというわけだ」
「マジで!?」
クロウドの言葉を聞くと同時に、ジョウスケの顔が表情が一変した。喜色満面のその顔には、さっきまでの怯えた表情は全く見られなかった。
「じゃあ、見に行ってもいいんですか?」
「ああ。どうせなら先に行っててもいい。私はデータの確認をしていくからな」
「オッケーッ!!」
その言葉と同時に、ジョウスケは自動ドアにぶつかりかねない勢いで廊下へと飛び出していく。その様子を見て、シンイチは体を震わせながら、憎々しげに呟いた。
「何でなんだ・・・・。何であんなガキみたいな男が!!」
その言葉とともに、シンイチは顔を紅潮させながら、部屋を出て行った。それを横目で見ていた一人の研究員がクロウドに話しかける。
「いいんですか?彼はきっと納得していませんよ・・・・」
「いいんだよ」
クロウドは笑みを浮かべて呟く。
「いつか実際にあの力を見たならば、あの軍人崩れも少しはわかるだろう。ジョウスケと自分の『生物』としての格の違いを・・・・」
2
「全員退避!!全員退避せよ!!」
イスルギ重工・台湾支局 台北(たいぺい)工場には、大気を震わせるかと思うほどの警報と怒号や悲鳴が飛び交っていた。
工場内で働いていた人々は、必死になって我先にとばかりに工場の外へ逃げ出していた。そして人々の後方には彼らが逃げ出す理由・・・・・・・工場を襲撃、破壊するヴァルゼリオンの姿があった。
ヴァルゼリオンは、工場敷地内を縦横無尽に歩き回り、自らの近くにある建物を、無造作に手足を振り回して破壊していった。
無論、その暴挙を食い止めるべく、イスルギの防衛用AMが数機出撃したが、ヴァルゼリオンの暴力の前には十分ももつ事無く撃墜されてしまい、遂に台北工場は完全な廃墟と化してしまった。
人々は、巻き上がる黒煙と爆炎、そして自らが流した恐怖と嘆きの涙越しに飛び去っていくヴァルゼリオンを見つめた。そこに映る黒き巨体の威容は、それを見ている人々の心に大きな畏怖を刻み込んだ。
だが、それと全く逆にヴァルゼリオンの中にいるジンとカズエの気分は上々だった。
「今回も難なく終わったわね、ジン」
カズエは、ヴァルゼリオンを上空に待機させていたヴァルリーフに収納し、コクピットから降りてきたジンに声をかけた。ジンもカズエの声に対して笑みを浮かべながら返事をする。
「ああ。でもあれじゃ、はっきり言ってヴァルゼリオンの慣らしにもならねえな」
「なに言ってんのよ。最初の頃と比べたらかなり動きが違うわよ?今回なんか、慣性制御とかを使わなかったじゃない」
「そりゃあな。26箇所も工場襲って、敵機と戦ったら動きもこなれてくるさ」
「それもそうよね」
少々間の抜けた受け答えに、ジンもカズエも笑い出す。だが、ふとカズエの表情に影がさす。
「どうしたんだ?」
「ん・・・・・ちょっとね」
「なんだよ、気になるからはっきり言ってくれよ?」
「・・・・・さっきの事を思い出してね・・・・・」
「さっき?もしかして工場を壊した事か?」
「ええ・・・・・」
ジンの言葉に頷いたカズエの表情が、目に見えて暗くなった。
「さっきの・・・・・いえ、今まで壊した工場の人達の顔・・・・・ヴァルゼリオンを睨んでいたわ・・・・・。怒りと悲しみを表して・・・・・」
「・・・・・・・」
「確かに、今私達がしている事はイスルギを止める為に必要な事だって言うのはわかっているわ・・・・・・。でも、そんな事はただの社員である労働者には関係ないわ・・・・・」
カズエは、言葉を呟くだけにもかかわらず、とても苦しそうにしていた。それを見ながらも、ジンはただ黙り続ける。
「彼らはただの生活者よ。普通の生活をして、普通に家族の幸せを願っているだけの・・・・・。彼らからしてみれば、私達なんかただの侵略者に過ぎないのよね・・・・・」
「それが・・・・・嫌になったのか?」
「それもあるわ・・・・・。けど、何よりも違和感を感じたのは、そんな事をしている自分に罪の意識が感じられない事なのよ・・・・・」
「罪の・・・・」
「何の関係も無い人々を苦しませているのに、それに対して罪の意識を感じるどころか、イスルギを倒せる可能性が大きくなっているって喜んでさえいるのよ・・・・・」
自分の行っている事がよほど許せないのか、喋りながらもカズエはその目に涙を滲ませた。それを見たジンは、ただカズエを見守るしかなかった。
正直な所、ジンにとっては、カズエのこの反応は予想外だった。ジンにとってもカズエにとっても大切な存在であったナオトが殺されたのだから、なりふりかまっていられるはずが無い。そんな事はカズエもわかっているはず・・・・・それがジンの想像だった。
だが、カズエは人々を犠牲にするのに嫌悪の感情すら覚え始めていた。やはりカズエは非戦闘員のため、何かを破壊する事に対して割り切る事が出来なかったのだ。
(仕方がないか・・・・)
ジンは小さく溜息をした。だが、それはジンがカズエを見限ったという類の物では無い。ジンは、うつむくカズエに見を乗り出して呟く。
「じゃあさ、行くか」
「え?」
「行こうぜ。日本に」
「えっ!?」
ジンの言葉が、あまりに予想外だったのか、カズエは顔を上げた。よほど驚いたのか、その目に滲んでいた涙さえ、ほとんど無くなっていた。
「ジ・・・・・・ジン?もう一度言ってくれない?」
「だからさぁ・・・・・・、日本の本社に攻め込もうってんだよ。カズエさん、もう他の工場に攻め込むの辛いんだろ?」
「で・・・・・・でも、そんなことして大丈夫なの?まだ基地だって半分くらいしか・・・・・・」
「充分だ。それだけ壊せば何とかする事だって出来る。それに俺もヴァルゼリオンにも慣れてきたし、しかもラッキーな事に、PSFを使える時間も、少しずつ延びているし。これならよっぽどの事がなけりゃ、やられはしねえよ」
「本気なの・・・・・・?」
「ああ、本気だ。それにもう決めた事だ」
ジンの言葉に決意の固さを感じたのか、それともあきれてしまったのか、カズエはただ沈黙していた。その様子を見たジンは、笑いをかみ殺しながら背を向ける。
「じゃあ問題無しって事で。とりあえず俺は寝るわ。後ででいいから、ヴァルリーフをどっかの島に着陸させといて」
「あ・・・・・・うん」
「二人とも疲れてるし、明日は丸一日休もうぜ。明後日は日本に行くから充分に休息しとかないとな。じゃ、お休み」
「お・・・・・お休み」
ジンは、あっけに取られたカズエを尻目に、ソファーベッドに寝転がった。これで、少しでもカズエの心労が取れたら良いと思いながら・・・・・・。
3
「うー・・・あー・・・・えっと・・・・」
イスルギ本社の特別会議室。十名の若年兵達の前に立ったジョウスケは、緊張のあまり言葉に詰まっていた。救いを求めて、列席しているクロウドへ視線を送るが、クロウドは静かに視線をずらすだけだった。
ジョウスケは、クロウドの態度を見て、はばかる事無く溜息をつく。
(くそ〜・・・・・・。俺こういうの苦手なのによ・・・・・・。いくら私設特別部隊の隊長になったからって、わざわざ部隊員の前で挨拶する必要あんのか〜?)
彼の心の声が言っていたように、ジョウスケはその戦闘能力を高く評価され、ジンとヴァルゼリオンを捕獲するための部隊、『イスルギ重工 私設特別部隊(通称 石動刃 追跡部隊)』の隊長に抜擢されたのだった。
しかし隊長になったはいいものの、人を指揮する事など経験した事の無いジョウスケは異常に緊張してしまい、着任の挨拶をする事すら出来ずにいた。
そんなジョウスケの心の叫びなど、他の人間に通じるわけも無く、目の前にいる兵達はジョウスケの事を見つめていた。
(そんなに見られたって、何もねえよ・・・・・・)
完全に言葉が出ずに焦るジョウスケ。その時、もう駄目だと感じたのか、クロウドがジョウスケの隣へと、咳払いをしながらゆっくりと歩み出てきた。
「すまんが彼は、こういうのは苦手でな。ここからは私、クロウド・サカキが話を進めさせてもらう」
そう言いながら、クロウドはジョウスケに目配せする。ジョウスケは助かったと思いながらそそくさと自分の座っていた場所に戻っていく。
「まずは君達の搭乗する機体の簡単な説明から始めよう。では手元にあるディスプレイに目を向けてくれ」
クロウドの言葉とともに、ディスプレイに一つの機体が映し出された。その機体は、ジンが搭乗しているヴァルゼリオンに酷似していたが、フォルムがリオンシリーズのようになっていた。
「これが君達が登場する機体『ヴァルスティオン』だ。この機体には、通常のコクピット仕様にしたドミニオン・システムをつんである。重力と慣性の制御はレバーとボタンでできるので、特別な技能などがなくても動作可能だ。武装も選択式なので、通常のAMやPTと同じ感覚で扱えるだろう」
兵士達は、クロウドの言葉を聞いてすぐさまメモをとり始めた。無論、ジョウスケだけは話を聞いているものの、メモを取るほどの真剣さは欠片も無かった。
クロウドは、それを横目で確認しながらも、注意することなく次の説明に入った。
「それでは次の説明を始める。次の機体は、隊長機の――――――」
「ちょっと待ってください!!」
クロウドが隊長機の説明を始めようとした時、突然大声を立てながら会議室に入ってくる者がいた。その場にいた全員の視線が集まったその先にいたのは、ジョウスケとともに被験者として機体開発に参加していたシンイチだった。
だがクロウドは、入ってきたシンイチを一瞥しただけで、少しも驚く事無く視線を外し、溜息をつきながら呟く。
「一体どうしたんだシンイチさん。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ?」
「それはわかっています・・・・・・。ですが、それを押してでも、計画の責任者であるクロウド博士に頼みたい事があるのです!!」
「頼みたい事?」
「はい!!」
気合の入った返事とともに、シンイチはクロウドに向かって、突然土下座をした。
「自分がやっていることが恥だとは理解しています!!しかし・・・・・それでも私はあの機体・・・・・特別部隊の隊長機である『ヴァルレオン』のパイロットになりたいのです!!」
「そうか・・・・・・(暑苦しい男だ・・・・・・)」
クロウドは、あまりにも暑苦しいシンイチの性格に辟易し、適当に返事をするが、すぐさま追い返すような真似はしなかった。むしろ、シンイチがここへ来た事自体をあることに利用しようとしたのだ。
「よし、君の熱意はよくわかった。だったらチャンスを与えよう」
「チャンス!?」
「そうだ。君にはジョウスケと直截戦ってもらう」
「えーっ!なんで!?」
突然のクロウドの発言に、ジョウスケは驚愕する。しかしクロウドはジョウスケの言葉を聞き流していた。
「知っているだろうが、ヴァルレオンは本質的に敵機であるヴァルゼリオンと同系機だ。その為、操縦方法もB.D.Lを使用している。その為、操縦者の実力が高ければ高いほどその性能を引き出す事ができるのだ」
「なるほど・・・・・・つまり、私がジョウスケを倒せたのなら・・・・・・」
「そう。君はジョウスケよりもヴァルレオンのパイロットに相応しい事を証明できる・・・・・・というわけだ。無論それはジョウスケにもいえることだがな。どうするかな、シンイチ?」
「やります!もちろんやりますとも!!」
「ハア・・・・・・しかたねえな」
クロウドのその場の思いつきとしか思えない提案に、シンイチは完全に納得していた。ジョウスケは、アホ臭いと思いながらも重い腰をあげ、シンイチの目の前に対峙する。
「めんどくさいしトイレに行きたくなったからさ、ここでやりましょうよ。もちろん得物もありの、手加減なしで」
「なんだと?・・・・・・」
二人の間に緊張が走る・・・・・・といってもシンイチの方だけが一方的に敵意を剥き出しにしていて、いつ襲いかかってきてもおかしくない状況だった。それを察してかクロウドは既に隊員達を会議室の壁際に非難させていた。
「いまさら後悔しても遅いからな!!」
シンイチは、右腰につけていた大型コンバットナイフを抜いた。そのナイフは訓練用に、刃を硬質ゴムでできたカバーをかぶせていて切る事も刺す事もできないものの、ナイフの硬度と強度に変わりは無く、下手をすると受けた部分の骨を骨折する代物なのだ。しかし、それを見せられてもなお、ジョウスケの顔から余裕は消えなかった。
「確か・・・・・・シンイチさんって、ナイフコンバットでしたっけ。つまり本気ってわけですか・・・・・・」
「当たり前だ。貴様を倒して、ヴァルレオンの正式パイロットになるためならばな・・・・・・」
「なるほど、そこまで必死なんですね・・・・・・。でも・・・・・・」
ジョウスケは、着ているジャケットのポケットに手を入れる。
「俺も引くわけにはいかないんでね!!」
その瞬間、ジョウスケの目が別人のように輝いた・・・・・・。
ジョウスケがポケットから取り出したのは、二丁の拳銃だった。ただし、それは実銃ではあったが、対人用の低出力ゴム弾を撃つための物だった。
「準備はいいぜ。来なよ、シンイチさん」
「・・・・・・俺は素人だからと言って、遠慮はしないぞ」
その言葉と共に、シンイチは大きく踏み込んでナイフを顔面に突き出す。ジョウスケは、それをスウェーでかわすが、シンイチは、すぐさまナイフの軌道を変えて、縦に振り下ろす。
「おっと!?」
「言ったはずだ!遠慮はしないと!!」
シンイチの素早いナイフさばきに、ジョウスケは反撃の暇も無く、ただ逃げ続けるだけ・・・・・・と周りの者は見ていた。だが、それは大きな間違いだった。
「あのさあ、シンイチさん・・・・・・アンタやっぱり遅いわ」
「!?」
溜息と共に呟いた瞬間、突如ジョウスケの動きが早まった。突き入れられたナイフをミリ単位でかわし、左手の銃をシンイチの脛に撃った。
「!!」
ゴム弾は、寸分の狂いも無くシンイチの弁慶の泣き所にヒットした。ジョウスケは、間髪を入れずに右手の銃を股間に向けて撃った。
脛と股間を襲った激痛に、シンイチは持っていたナイフを落としてしまった。ジョウスケは、そこを見逃す事無く、シンイチに両手の銃を突きつけた。
「悪いけど・・・・・・こっちも仕事なんでね」
そう言うと、ジョウスケは躊躇う事無く、両手の引き金を引いた。右手から放たれた銃弾は喉に、左手の銃から放たれた銃弾は、眉間に命中し、シンイチはその場に崩れ落ちた
「う・・・・・あああ・・・・・・」
会議室中に響く小さなうめき声以外に、誰も声も物音も立てられなかった。その場にいる殆どの者が、目の前で起こった出来事を信じる事ができず、ただ沈黙するしかなかった。
「悪かったね、シンイチさん」
その戦いに勝ったのはジョウスケだった。ジョウスケは既に武器をポケットにしまって、倒れているシンイチに向かって声をかける。
「手加減無しって言いましたからね。有言実行って事で」
ジョウスケは笑みを浮かべているが、シンイチに反応は見られなかった・・・・・・と言うよりも反応を返す事ができないようだった。
ジョウスケは、頭を掻きながら少々困った顔をした後、遠巻きに見ている隊員達に顔を向ける。
「・・・・・・と言う訳で、これから君達の正式な隊長になったジョウスケ・キザキだ。これから仲良くしてくれよ。じゃ、俺はトイレに行ってくるから」
ジョウスケは、驚愕を隠せない隊員達を尻目に、無邪気な笑顔を浮かべて挨拶し、堂々と会議室を出る。すると即座に走り出し、トイレの個室に駆け込み、便器に腰をおろして叫んだ。
「マ・・・・・・マジでビビッた〜!!」
必死にこらえていた思いをこめたその声は、何とか会議室には聞こえなかった。
そして・・・・・・
「あ〜、すっきりしたら落ち着いた」
ジョウスケは、手を備え付けのペーパーで拭きながら外へ出た。その時・・・・・・
「あの・・・・・・」
「うわっ!?」
トイレから出てきた瞬間に、いきなり横から声をかけられ、ジョウスケは驚きの声をあげる。その驚きぶりに、声をかけた人物も動揺していた。
「あ・・・あの・・・・・・大丈夫ですか?」
「あ・・・・、うん」
ジョウスケは、照れながらも顔をあげて、声をかけてきた人物を見る。そこにいたのは特別部隊の制服を着た可愛らしい少女だった。その少女の面影にはいまだ幼さが残っていて、ジョウスケには着ている制服が似つかわしくなく感じたが、人それぞれ事情があるものと思い、それを胸の内にしまい、何気ない顔をしながら少女に話しかける。
「で・・・・・なんか用?」
「実は・・・・ジョウスケさんに、少しお話したい事が・・・・・」
「話?」
「はい。ジョウスケさんにしか話せないことなんです」
その言葉を聞いて、ジョウスケは再び驚く。今まで生きてきて、女性に頼りにされるということが一度も無かったからだ。一瞬、よからぬ考えが頭をよぎったが、それを必死に振り払い、平静を保ちながら返事をする。
「わかったよ。でも、とりあえず場所を移らない?トイレの前でってのはちょっとな」
「あ・・・・そ、そうですね・・・・」
少女は、自分が今までいた場所に気づき、顔をうつむかせ、紅潮した。ジョウスケは、そのしぐさを可愛らしく思いながら、少女と一緒に廊下を歩き出した。
4
ジョウスケは、突然、頼みたい事があると言い寄ってきた少女を連れて、清涼飲料水の自動販売機の設置してある休憩室にやってきた。
「なに飲む?おごるよ?」
「え?でも・・・・・」
「いいからいいから」
「じゃあ・・・・・ブラックコーヒーをください」
「渋いね・・・・・」
ジョウスケは、少女の嗜好に少々面食らいながらも言われた通りにブラックコーヒーを購入し、自分用にコーラを購入した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ジョウスケは、少女にコーヒーを渡して、共に設置してあるベンチに座り、互いに飲み始める。だがジョウスケは、本当に少女がブラックを飲むのか気になって、コーラを口にしながらも何度も視線を少女に向ける。しかし少女は、本当にそれが美味しいらしく、少しも苦そうな表情を見せなかった。
「あの、ジョウスケさん・・・・・」
「え?!な・・・・・何?」
突然向けられた視線と言葉にジョウスケは、慌てふためきながらも、何とか平静に見せる。
「そろそろ・・・・話を始めてもいいですか?」
「う・・・うん、いいよ。どうぞ」
「ありがとうございます・・・・・」
少女は、ジョウスケのやさしい態度に礼を言った後、突然うつむき、話を始めた。その様子は、まるで喋る事自体が辛いかのようだった。
「もう遅れましたが、私の名前は『マユ(真悠)』と言います。話と言うのは・・・・・ジン・イスルギについての事なんです」
「ジン・イスルギ?」
いきなり出てきた名前にジョウスケは、またまた驚く。いくらこのマユという少女が特別部隊の隊員だとしても個人的な用件でその名を聞くことになるとは思っていなかったからだ。
それと共に、ジョウスケはマユの言いたい事が予測した。きっとマユは、ジン・イスルギに大切な人を殺されるか何かされたのだろう。特別部隊を造らせるほどの人間だからそれくらいやるはずだ。だから仇を取るのを手伝ってくれというはずだ・・・・・・。それがジョウスケの頭の中の一連の流れだった。
(なるほど・・・・・このマユって娘も大変だな・・・・・。こりゃ、ちゃんと手伝ってやらないとな)
既に、ジョウスケの頭の中ではマユは、とてつもなく悲惨な人生を味わっていることになっていた。そんな事など全く知らないマユは、ジョウスケに話を続けた。
「実は、ジン・イスルギの事を―――」
「いいって、最後まで言わなくて」
「え?」
突然言葉をさえぎられ、マユは困惑するが、それに気づかないジョウスケは笑顔で語りだす。
「大丈夫。ちゃんと俺が君の仇討ちの手伝いしてやるからさ」
「か・・・・仇?」
「そうそう。ちゃんと反撃できないように、きっちりとぶちのめして・・・・・」
「ぶちのめさないでください!!」
マユは、顔を真っ赤にして立ち上がりながら叫んだ。だが、ジョウスケは彼女がなぜ怒り出したか理解できない。
「ど・・・・どうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ!!何でそんなことをするんですか!!」
「何でって・・・・違うの?」
「違います!私は『ジン・イスルギを殺さないでください』って言いたかったんです!!」
「は?」
マユが言っている事が自分の予想と全く正反対と言う事実に、ジョウスケはまたまた驚く。しきりに湧き上がってくる違和感をごまかす為に、貧乏ゆすりをしながら再びマユに声をかける。
「じゃあ聞くけど・・・・・なんでジン・イスルギを?」
「肉親なんです」
「ん?」
「兄なんです。ジン・イスルギは・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ジョウスケは、いきなりの核心をつく言葉の意味を完全に理解できず、心を落ち着けるために視線を外してコーラを喉に流し込み、深呼吸を二、三度行う。
ようやく意を決したジョウスケは、視線を泳がせながらマユに目を向ける。
「あの・・・・・・・」
「はい?」
「俺が聞いたままを要約すると、君は会長の・・・・・・」
「はい。娘です」
そのマユの言葉と同時に、ジョウスケは驚きのあまりコーラの缶を床に落とした。幸いほとんど中身が入っていた無かったため、服も床も汚す事は無かったが、マユにどれほど動揺をしたのかを伝えるには十分だった。
「ど・・・・どうしました?!」
「い・・・・いや、あまりに突然で驚いて・・・・・」
「すいません。別に秘密にしていたわけではなかったんですが・・・・・・」
「気にしないでいいよ。それよりもどうして君は特別部隊に入ったの?」
ジョウスケは、床にこぼしたコーラの缶を拾いながらマユに話を続けさせる。マユは、ジョウスケの様子を気にしながらも話を続ける。
「わかりました・・・・・・・。私がこの特別部隊に入ったのは、多分ジョウスケさんが思っている通りです」
「じゃあ、やっぱりお兄さんのジン・イスルギが関係あるんだ」
「そうなんです。私は、兄ともう一度会うためにこの部隊に入りました」
「会うため?」
「兄とは3年前から顔を会わせるどころか、声を交わす事もありませんでしたから・・・・・」
「それって、DCに入ったから?」
「はい。兄さんは、家を出る為に偶然日本に来ていた父の取引相手であったビアン総帥に直訴して、特別にDCに入隊させてもらったんです。そこからは・・・・・・」
「なるほど・・・・・でも、一つ聞いていいかな?」
「なんですか?」
「何でジンは、家から出て行きたかったの?」
ジョウスケは、少し疑問に思った点を軽い気持ちで聞いてみた。だが、それをジョウスケが口にした瞬間、マユの表情がこわばった。
「ど・・・・・どうしたの?もしかして聞いちゃいけなかった?」
ジョウスケが心配そうに顔を覗き込むと、マユは小さくうなづいた。
「すいません・・・・・。私の口から話すのは・・・・・・・」
「そっか・・・・・・」
マユのその言葉だけで、ジョウスケは彼女と彼女の兄であるジン・イスルギの身の上に起こった事をある程度察した。それと同時に兄に会いたいと願うマユの辛さも・・・・・・。
もはや、聞き捨てるわけにも行かないこの状況に、ジョウスケは腹をくくった。
「わかった。ジン・イスルギを殺さなければいいんだろ?」
「そうです。けど・・・・・いいんですか?」
「ああ大丈夫だ。要は、殺さずに戦闘力を奪えばいいんだからな。それじゃあ、これから一緒にがんばろうぜ」
「あ、はい!」
そう言って、ジョウスケは立ち上がりマユに笑みを向けて手を差し出す。そのあまりに無邪気な笑顔には不安を抱えていたマユも、悩むのを一時忘れて、笑顔で手を握り返した。
その時、(大変な事になったもんだ)(ちゃんと助けてやらないとな)という言葉が、ジョウスケの頭に同時によぎった。
4・extend
「あ〜、やっぱりいいなあ。このデザイン。特にこのコート!」
ジョウスケは、格納庫に仁王立ちする自分の愛機・ヴァルレオンを見上げて笑顔を浮かべる。
このヴァルレオンに着せているコートは、制式の物ではない。ジョウスケが「本当に正式パイロットになった事を祝ってくれ」と、クロウドに対してせがんで、無理やり作成させた物だった。クロウドからすれば余計な予算と時間を取られたが、結果的に実験も兼ねて使われた素材の使用により、運動性を全く損ねず耐久力を上げられた為、問題はないのだが・・・・・・。
そういう諸所の事情も知らず、ジョウスケは暇が出来たら、機体を見に来るようになっていた。しかも、今はジン・イスルギへの襲撃を控えて、基地全体に緊迫した雰囲気が漂っている時である。ある意味、この度胸は命のやり取りをする兵士には必要とも言える。
「あ、やっぱりここにいたんですね?」
「ん?」
ジョウスケは、突然後から聞こえてきた声に振り向く。そこには息を切らせたマユがいた。どうやら走ってきたらしい。
「どうしたんだ、こんな所に?」
「ジョウスケさんを捜していたんですよ。一言お礼が言いたくて」
「お礼?」
ジョウスケは、マユの言う「お礼」の意味がわからなかった。まだ感謝されるような事をした覚えはなかったのだが・・・・・・。
「はい。今回の任務で、私を隊長補佐に選んでもらった事です。これで確実に兄さんに会えるので・・・・・・」
「(ああ、そうか・・・・・・)いやいや、気にしなくていいって。それよりも、ちゃんと兄さんと話しできるようにしないとな。そうしないとせっかく部隊に入った意味無いからな」
「はい・・・・・・」
マユは返事をしたものの、ジョウスケには彼女の表情になにか含みを抱えているように感じた。
「どうしたの?なんか気になった事でも?」
「あ・・・・・・でも、聞いていいものか・・・・・・」
「今更、遠慮なんかいらないって。何でも聞きなよ」
「じゃあ・・・・・・ジョウスケさんはどうしてパイロットになったんですか?」
「・・・・・・」
マユがそう言うと、ジョウスケは黙り込んでしまった。それを見てマユは慌てて謝り出す。
「あ・・・・・・すいません!よけいなこと聞いちゃって!!忘れてください!!」
マユは、慌てて必死に頭を下げる。それを見てジョウスケのほうも慌てふためく。
「いや、ちょっと落ち着いて!俺は別に怒ったわけでもなんでもないから!実はさ・・・・・・俺にはパイロットになった理由なんてないんだよ」
「え?」
「マユからしてみれば、不純な動機かもしれないけれど・・・・・・俺がここでパイロットしているのは「仕事」だからなんだよ」
「仕事?」
予想外の言葉に、マユは不思議そうな顔をしてジョウスケの顔を見た。ジョウスケの方は、ただ淡々と自分の事を話し始める。
「うん。俺さ、つい最近まで仕事転々としていたんだよ。それで宅配便のバイトしていた時にイスルギに行ったの。それが転機だったなあ・・・・・・」
「転機って・・・・・・何があったんですか?」
「マユのお父さん・・・・・・つまりレンジ会長を襲おうとした暴漢を未然に取り押さえたんだ」
「え!?それ知ってます!!叔父さんから聞きました!『素人に助けられた』って!」
「あ、そうだったんだ・・・・・・。まあ、そこからお礼とか言われて、そこから適性検査とか色々あって、あれよあれよと言う間に、こうなってたんだ」
「そうだったんですか・・・・・・」
「まあ俺は、マユと違ってしなきゃいけない事ってないんだよ。ちょっと情けないな・・・・・・」
「そんな事無いですよ・・・・・・」
「ありがとな。それに今は理由もあるし・・・・・・」
「理由が?」
「ああ。今はマユを助けてやる事が俺のパイロットをする理由かな」
「ジョウスケさん・・・・・・本当にありがとうございます」
「いいからいいから。あ、こんな時間だ。そろそろ昼飯も近いし行こうか」
「はい」
ジョウスケとマユは、そのまま格納庫から食堂に向かって歩き出した。
明日は、ついにジン・イスルギとの接触、ジョウスケの心は静かに高ぶっていた。
5
「ジン、用意はいい?」
「ああ、いいぜ。最高のコンディションだ」
ジンは、調子の良さをアピールするようにヴァルゼリオンを動かす。ジンもカズエも、日本最南端地区にある名もない島で、24時間以上の休息を取った為、心身ともに快調だった。
「そう。じゃあ・・・・・・いいのね?目的地をイスルギ本社にしても・・・・・・」
「まだ言ってんのか?もう決めたんだよ。いいかげんにしてくれよ」
「わかったわ。それじゃあ・・・・・・」
カズエは、ジンの答えを半ば予想していたのか、すぐさまイスルギ本社までのナビをジンに送ってきた。
「よし。これでイスルギまで直行だな。後は・・・・」
「ちょっとジン!」
「なんだよ?まだなんかあるのか?」
「そうじゃないわ!この島に―――」
カズエが、何かをジンに伝えようとした時、島の周囲から轟音が響き始めた。
「な・・・なんだ?」
「敵よ!イスルギの戦闘部隊だわ!!」
「ちっ!こんな時にかよ!!」
ジンの舌打ちと共に、島の周囲から水柱が上がり、そこから特機らしきものが飛び出し、すぐさまヴァルゼリオンを包囲し、逃げ道を完全に塞いだ。
ヴァルゼリオンを包囲している特機は十体。しかも量産型らしく、機体の形が完全に同じだった。それを見たジンは、顔に薄笑いを浮かべる。
「どうやら、イスルギには学習能力ってのが無いらしいな。量産型でヴァルゼリオンを止められると思ってんだからな・・・・・・」
ジンが、真正面にいる機体をにらんで近づく。しかし、その時突然カズエが叫んだ。
「こ、これは!?」
「何だよカズエさん!いまさら、敵機が出たぐらいで驚く事があるのか!?」
「だ・・・・だって・・・・」
「何がだってだよ?」
「だって・・・・・敵機から出る反応とフォルムがヴァルゼリオンと80%一致しているのよ!?」
「なんだって!?」
ジンは、カズエの言葉に驚きの声を上げる。周知の通りヴァルゼリオンは、エアロゲイターを壊滅させる為にカズエがビアンと共に極秘裏に作り上げたワンオフの機体で、同型の機体どころか技術の一部を流用した物さえ存在せず、80%のような高確率で同じ反応とフォルムを持つ機体など、存在しているはずが無い。
しかしジンとカズエの目の前には、現実としてヴァルゼリオンの同系機と思わしい特機が並んでいる・・・・・・それは二人にとって、薄気味悪い光景だった。その時―――
「おい、どうした?そんなに今の登場シーンに驚いたか?」
突然、全く緊張感の感じられない声が通信として入ってきた。いきなりの事に反応できずにいると、声の主は話を続けてくる。
「おい、後ろだよ。真後ろ」
その声にしたがって後ろを振り向くと、そこには一段と目立った機体があった。その機体もヴァルゼリオンに酷似していたが、驚くべき事にロボットのくせにコートを身にまとっているのだった。
ジンもカズエも、予想外の事にあっけを取られて黙ったままでいると、再び通信が入ってきた。
「聞こえてんだろ?ヴァルゼリオンのパイロット。早く返事してくれよ、俺が一人だけで喋ってて、まるで馬鹿に見えるじゃねえか」
「・・・・・・・なんだ?お前」
「ああ、聞こえてたのか。よかった。」
「いや、答えろよ」
「おっとそうだった、忘れてたぜ。悪りい悪りい」
「だから、早く答えろよ」
「わかってるって。ゴホン・・・・・」
何のつもりか、通信の相手はもったいぶって咳払いまで始めた。ジンは、もうこれ以上突っ込みを入れるのを止めて相手の言葉を黙って聞くことにした。
「最初に名乗っとくぜ。俺の名前はジョウスケ・キザキ、機体の名前はヴァルレオン。アンタが今乗っているヴァルゼリオンをとっ捕まえるために創設された部隊の隊長だ。あ、ちなみに周りにいるのは量産機のヴァルスティオン。まあ、どっちもよろしくな」
「何がよろしくだ。大体そんな事ベラベラと言っていいのか?」
「いいんだよ。別に隠しておいたってしょうがねえんだからな」
「そうか・・・・・。じゃあそろそろ殴っていいか?」
ジョウスケと名乗った男の適当な返答に怒りすら覚えて、ジンは拳を握り締めて構えを取るが・・・・
「ちょ、ちょっと待った!俺はまだアンタと戦う気は無いんだよ!!」
「・・・・・はぁ?」
ジョウスケの返答に驚いたジンの口から気の抜けた声が漏れる。もはや、ジンもカズエもジョウスケという男が何をしたいのかが全くわからなくなっていた。もっともジョウスケの方はそんなジンとカズエの困惑など気づきもせずに話を続けた。
「確かに、俺はアンタを捕まえなきゃいけない。でも今はそれより先に済ませとかなきゃいけない用事があるんだ」
「用事だぁ?・・・・・・まあいい、さっさと言えよ」
「おっ、サンキュー。ちょっと待ってな」
そう言ったと同時にジョウスケは通信を切り、隣にいるヴァルスティオンと何かを話し始めた。すると・・・・
「ちょっとジン・・・・・いいの?あんな事言って・・・・・」
ジンの気安い返事を不安に思ったのか、さっきから黙っていたカズエが話し掛けてきた。
「大丈夫だ。それに何かあっても、返り討ちにしてやるだけだ。まあ偽物なんかにやられるはずが無いからな」
「そう言われたら、開発者としては何も言い返せないわね・・・・・。わかったわ、ジンに任せる事にするわよ」
「まかせておけって」
ジンは、何の気負いもなくカズエに対して明朗に言葉を返した。すると、ジョウスケの方も何かが終わったのか、再び通信を入れてきた。
「わりぃわりぃ、待ったか?」
「いや。で、用事ってのはなんなんだ?」
「ああ、そいつはこいつから直接聞いてくれ」
そう言って、ジョウスケは隣にいたヴァルスティオンの背中を軽く叩いてジンの前に押し出した。
「いいから早くしろ。俺は急いで―――」
「兄さん・・・・・」
「!!」
通信に入ってきた声を聞いた瞬間、ジンの言葉が止まる。その声は、本当ならこの状況で聞くはずの無い人物の声だったからだ。
「お前・・・・・・マユか?」
「うん・・・・・」
二人の間には、それ以上の言葉は無く、ただ沈黙が流れていた・・・・・。
6
思いもよらないところで、妹のマユと再会したジン。ジンは、マユがここにいる理由は、大体見当がつくのだが、頭ではそれをすぐに納得する事ができずにいた。
ジンは、今ヴァルゼリオンに搭乗しているにもかかわらず、無意識に頭を掻いて、溜息をつき、その後マユに視線を戻す。
「何しに来たんだマユ。ここはお前が来るところじゃない」
「兄さんと話がしたかったの・・・・・・」
「話?」
「うん・・・・・。こうするしか兄さんと話をするチャンスが無かったから・・・・・」
そう呟くと、マユはヴァルスティオンをヴァルゼリオンに近寄らせ、その肩を掴んで叫んだ。
「兄さんお願い!これ以上父さんと争うのはやめて!!このままだと兄さんは、単なる犯罪者扱いされるだけなのよ!!」
マユの言葉を聞いたジンはその言葉を鼻で笑う
「何言ってるんだ?俺はもうテロリスト扱いされてるんだぞ?」
「確かにそうだけど・・・・・・でも、今ならまだ・・・・・・」
「無理だな・・・・・・」
「え?」
「俺は、この戦いが始まってから、既に数えるのも面倒くさいほどに兵士を殺している。今止めた所で、極刑をくらうのはほぼ確定だ」
「そんな・・・・・・」
ジンの言葉があまりに衝撃だったのか、肩を掴んでいた手の力が抜けた。ジンはその手を振り払いながら話を続ける。
「それにな、親父の奴は、俺の大切な仲間達を殺しているんだよ・・・・・・。そんな奴を許せるか?」
「で、でも・・・・・父さんは・・・・・」
「家族だって言いたいのか?冗談じゃない・・・・・奴のやっている事は肉親だからと言う事を越えている」
「・・・・・・・」
「わかっただろ?俺は親父を殺す。イスルギを滅ぼす。ただそれだけが俺の進む道だ」
「だからって・・・・そんな・・・・」
「仕方ない事だ。だからお前も・・・・・・・邪魔だ」
その瞬間、ジンの左手が高速で動き、マユの乗るヴァルスティオンの頭部を裏拳で吹き飛ばした。
「!?」
その場にいたジン以外全ての者が、驚き戸惑っている間にジンは、ヴァルスティオンの両足をローキックで両断・破壊する。頭部を失い、両足を壊されたヴァルスティオンはもはや立つ事すら出来ずに地面に倒れこむ。
だがジンの凶行はそれだけでは終わらない。ジンは、もはや動けなくなったヴァルスティオンめがけ、蹴りを高速で叩き込む。
「や・・・・やめてぇ!!」
ジンの予想外の行動に驚愕し、茫然自失となっていたマユは、ようやく我に帰って叫んだ。だが、ジンはマユの悲痛な叫びを聞いてもその足を止める事は無い。
「兄さん、なんで!?何でこんな事を!!」
「何でだって?お前もイスルギだろ?」
「え・・・・・・」
「別にお前を殺す気は無かったけど、そっちから出てきたんなら仕方がねえ。恨むんなら恨んでいい。せめて苦しまないように即死にしてやる」
そう言いながら、ジンは左腕でヴァルスティオンを掴み、右拳を振り上げる。そしてその拳の振るわれる先は、ヴァルスティオンのコクピット・・・・・・。
「ジン!貴方、何を!!」
「カズエさんは、気にしないでくれ。これは俺個人の事だからな」
「だからって!!」
「説教は後で聞く」
ジンは、カズエとの通信を強制的に遮断する。そして何の逡巡も無く、コクピットめがけて拳を放った。
しかし・・・・・・・
「待てよ」
コクピットに触れる寸前、いつのまにかヴァルゼリオンの腕は、ヴァルレオンによって背後から掴まれ、その凶行を止められていた。
「うわ。さすがに力あるなあ・・・・。こっちは両腕使わなきゃいけないなんてな・・・・・・。そんな事より大概にしとけよ。妹を殺すなんて、いくらなんでもやばすぎるだろ」
「お前には関係ない。離せ」
「関係はあるさ。だって、マユは俺の部隊の隊員だからな。それにこういうのほうっとけなくて・・・・・ね」
ジョウスケの言葉が途切れた瞬間、不意にヴァルゼリオンの眉間に何かが当たる。
「!?」
「まあ、俺だってこんな真似したくないけどさ。マユを解放してくれないと・・・・・撃つぜ」
ヴァルゼリオンに押し当てられているのは、大型の拳銃だった。いつのまにかヴァルレオンは右手に銃を持っていた。その銃は、ヴァルゼリオンの頭部に密着し、いつ撃たれてもおかしくなかった。
「銃(ハジキ)かよ・・・・・。そんな物でヴァルゼリオンを壊せるつもりか?」
「勿論。試してみるか?」
ジンとジョウスケの間に緊張が走る。長いような短いような、奇妙な時間が二人を包む。そして・・・・・・
「わかったよ・・・・・」
ジンは、結局マユを殺すことを断念し、拳を引き、ヴァルスティオンを投げ渡した。ジョウスケもヴァルスティオンを受け取った後、銃を引いた。
「へえ、予想外だな。てっきり不意討ちでもしてくるんじゃねえかと思ってたのに」
「銃を向けられてたんじゃ、怖くてできねえよ。それに・・・・・どうせならまともにやった方が後腐れなくていいだろ?」
ジンは、ジョウスケの皮肉を軽口で返しながら構えを取る。
「・・・・・・そういうつもりかよ。まあいいさ、おいマユを頼むぞ」
そう言ってジョウスケは、半壊したマユのヴァルスティオンを別な隊員が乗っているヴァルスティオンに渡す。
「こっちだって余計な被害はもう出したくないからな。やってやるさ」
ジョウスケの方も、ジンに触発されて銃を構えて対峙する。その最中、ジンはカズエとの通信をさせるべくスイッチを入れ直す。すると、案の定カズエの怒声が聞こえてきた。
「ジン!!アンタは何て事を――――」
「ああ!わかったって!!それより今からあいつのデータを分析しておいてくれ」
「データを?なんで・・・・・」
「俺の勘が正しければ・・・・・・奴の強さは、俺・・・・ヴァルゼリオン以上かもしれないからだ」
「え!?」
ジンの言葉は、カズエにとって何よりも大きな衝撃だった。だが、そんなカズエの驚愕をよそに、二体の特機の、常軌を逸した戦闘が始ろうとしていた。
7
二人の間に再び静かな空気がただ流れる。互いに相手の力量を推し量っているかのように微動だにもしなかった。
ヴァルゼリオンの目の前にあるヴァルレオンは、明らかにドミネーターである。それは同時にジョウスケがPSFを使えるということを意味している。
未だ推測の域でしかないものの、もしそれが正しいならうかつに攻めるのは自滅行為に等しい。その為にジンはジョウスケの動きを伺い、対峙する事に徹していた。
いつまで続くかわからない静寂・・・・・。だが、その均衡はついに破られる。
「行くぜ!」
最初に行動に移ったのはジョウスケの方だった。ジョウスケは、右手だけで銃を持ったままヴァルゼリオンに向けて、三点バーストで連射してきた。無論ジンも、そんなあまりにもテレフォンな攻撃を喰らう筈も無く、上半身の動きだけで弾丸を避ける。
「へえ・・・・・、さすがだな。こんなんじゃ意味が無いみたいだな」
「まあな。それに所詮ハジキだ。見たところドラムマガジンもついてないから、多くても15発程かわせば武器としての意味は無くなる。その間はハンデくれてやるよ」
「そいつは、どうも。じゃあ、遠慮なく!」
ジンの挑発に自らはまったのか、ジョウスケはヴァルゼリオンに対して、銃弾を高速で連射する。だが、それは結局先ほどと同じで、ヴァルゼリオンに対しては全く効果が無かった。
そして数秒後・・・・・・。ついにヴァルレオンの銃から、弾丸の発射が止まった。
「くそっ!
ジョウスケは、マガジンを取り替えようとジンから一瞬目を離す。それを確認したジンは、ここぞとばかりに間合いを詰める。
ジョウスケは、完全に間に合わない・・・・・・。それがその場にいた者、ほぼ全てが感じた事だった。だが・・・・・・敗北が確定しようとしているジョウスケ本人は違った。むしろジョウスケは敗北への不安や焦りを感じるどころか、余裕で笑みすら浮かべていた。
「全くせっかちな奴だな・・・・・・。もっと余裕持っていこうぜ?こういう風に!」
その時ジョウスケは、目前まで迫っていたヴァルゼリオンに対して、マガジンを変えないまま銃口を向けた。それを見て、カズエは嘲笑気味に呟く。
「無駄なあがきよ。銃弾の入ってない銃なんて、何の――――」
「G・テリトリー展開!!」
「えっ!?」
ジンは、カズエの言葉を無視するかのように、突然頭部に、収束させたGテリトリーを張る。その次の瞬間、ヴァルレオンの銃口から、尽きたはずの銃弾が撃ち出されて来た。
「来た!!」
「嘘っ!?」
飛んでくる弾丸に対して、正反対の反応を見せるジンとカズエ。カズエの方は予想外だったが、ジンは、ヴァルレオンの・・・・・いや、イスルギの機体の使う武器が、通常兵器と同じ弱点を残しているとは、微塵も考えていなかったのだ。
それを見越して、『飛んでくる弾丸をG・テリトリーで受け止め、そのまま拳を入れる』という反撃のパターンを立てた後、ヴァルレオンに向かっていったのだ。
そして、撃たれた弾丸は、ジンの予測通りに、展開したG・テリトリーに吸い込まれるように向かって来た。
だが・・・・・・・・
「何っ!?」
ジンは、その瞬間、自分の目を疑った。ヴァルレオンの銃から撃たれた弾丸は、G・テリトリーに止められるどころか、何の抵抗すら感じさせずにG・テリトリーを貫通、いや穿って来た。その時点で、既に弾丸とヴァルゼリオンの距離は数mを切っていた。
「くそっ!!」
弾丸は、もはや避けるという判断すら出来ない距離にまで迫っていたが、ジンはとっさに自分の体に重力をかけてその場に倒れこむ。間一髪で間に合い、弾丸は、ヴァルゼリオンの後頭部のスレスレを飛んでいった。それと共にヴァルゼリオンは、地面に顔面から突っ込んだ。
「うお、すげえな。よく避けたもんだ」
「ははは・・・・・。まあな・・・・・」
ジョウスケは、倒れているジンに対して拍手をしながら、偽りの無い賛辞の言葉を送ってきた。ジンも、その言葉に怒る事も無く、笑いながら立ち上がる。
「それにしても・・・・・・Gテリトリーを何の抵抗も無く穿つとはな。どんな仕掛けだよ?」
「これか?これは特別製なんだよ。ヴァルレオン・ワンオフのな」
ジョウスケは、右手の銃を人差し指を軸にして、玩具でも扱うように回転させながら話を続ける。
「この銃の名前は『アクセルレイダー』。地球上で唯一『アブソルト・パーフォレイションブリッド・システム(以下APBS)』を使用できる銃なんだ。もっとも、名前は勝手に付けさせてもらったけどな」
「APS?」
「まあ、詳しい原理は知らないけどな。聞いたところによれば、重力を弾丸にドリル状に纏わせる事でありとあらゆる障壁を威力を減殺する事無く穿孔するシステムだそうだ。言っててもよくわかんねえけど、まあ強力な兵器って事だ。
あ、言っとくけど弾丸が切れるまで粘ろうとしても無駄だぜ。こっちはレールガンと同じで射出する弾丸が極小にできているから、弾数が数万以上入ってるからな。ちなみにストライクガン(打撃武器としても使用可能な拳銃。基本的に銃口や銃底を使う)だ」
ジョウスケは、笑いながら言っているものの、その言葉はジンとカズエにとっては恐るべき宣告だった。
一切の防御が不能な兵器・・・・・・それは特機の特徴である強固な装甲と特殊防護障壁を完全に無意味にする物であり、特機を裸の人間と同等にしてしまう。そしてそれが数万以上ともなれば、弾丸切れを狙うのも不可能だ。もはやカズエの頭には、現状の打開策など浮かばず、浮かんでくるのは『絶望』の二文字だった。
しかし・・・・・・・
「なるほどな。それじゃあ絶対に当たるわけにはいかないって事か。結構、大変だ」
「大変って・・・・・お前」
ジンの言葉にジョウスケは笑った。だが、それはジンを嘲笑したわけではなかった。
「じゃあ、大変ついでにさ、見せてくれよ」
そう言いながら、ジョウスケは間合いを取りながらアクセルレイダーを構えた。それに対抗してジンも構えを取る。だが、その構えはさっき見せていたオーソドックスな構えとは違っていた。
ジンの構えは、俗に言う『ヒットマンスタイル』と呼ばれる物で、素早いジャブを打つ為の構えである。だが、ヴァルゼリオンとヴァルレオンの距離は、200Mはあり、傍目にはジャブの届く距離ではなく、ジョウスケからしてみれば、明らかに無意味としか言いようが無かった。
「おいおい、それ本気か?ジャブなんかが当たる距離じゃないぞ?」
「いいから、気にすんなよ。面白いもの見せてやるからよ」
「本気かよ・・・・・・・。じゃあ、行くぜ?」
ジョウスケは、ジンの態度をいぶかしがりながらも銃を持った右手を動かす。
その瞬間・・・・・・
「!!」
信じられない事に、ヴァルゼリオンが一瞬であの間合いを詰め、ヴァルレオンの顔面に向かって、凄まじい速さで左のリードジャブを撃ってきた。
「うわっ!!」
とっさに反応したジョウスケは、両腕で顔面をガードし、ヴァルゼリオンのリードジャブの直撃を防ぐ。だがそれは、ジョウスケにとって良い状態とはいえなかった。
ジンは、ガードするヴァルレオンに対して、矢継ぎ早にジャブを撃ち込む。そのジャブは、並みのマシンガンを軽く凌駕するスピードでヴァルレオンの両腕に速射される。
「な・・・・・ジャブってこんなやばいパンチなのか!?」
「ボクシングではヘヴィ級のジャブは、一発で相手をKOさせる事ができる。そして俺はその威力を体得している!!」
「うっ、やべえ!!」
今の状態が、圧倒的に自分に不利なのを悟ったジョウスケは、バックステップして大きく間合いを取り、ペースを自分に戻そうとした。
だが、それは不可能だった。ジンはジョウスケのバックステップより速い速度で踏み込み、ヴァルレオンのボディに左ショートアッパーを放つ。ジョウスケもとっさに反応して、その拳をアクセルレイダーの銃底で防ぐ。だが、その行動によって、ヴァルレオンの顔面のガードががら空きになった。
「もらった!!」
ジンはその隙を見逃さず、ヴァルレオンの顔面めがけて右フックを放つ。拳は、狙いをそれる事無く放たれ、重金属がぶつかる独特の音を周囲に響かせた。
終わった・・・・・。カズエも、周りで見ていたイスルギの隊員達も、それを確信していた・・・・・だが――――
「ハハハハハハ・・・・・」
ジンは、なぜか突然笑い出していた。
「ハハハハハ。ようやく・・・・抜いたか」
ジンの言葉を聞いた回りの者は、いっせいにヴァルレオンへ視線を向ける。そこには左手にもう一丁の銃を持ち、銃底でヴァルゼリオンの拳を防いでいるヴァルレオンがいた。
「何だよ・・・・・気づいていたのか?俺がダブルアームズ(二丁拳銃)だって事・・・・」
「見てればわかる。左手が手持ち無沙汰みたいだったからな」
「へえ・・・・。じゃあ、こっちまでわかってたか?」
その言葉と共に、ジョウスケは、右手の銃をヴァルゼリオンの顔面に突きつけた。ジンは、その動きに反応し、すばやく左の肘で銃底を突き上げ、射線をずらす。
「こんな動き、読むほどじゃねえな」
「そうだろうな。だけど今度はどうかな!?」
「!?」
ジョウスケの言葉と共に、ヴァルレオンは反時計回りに回転しながら一歩踏み込み、左の銃を再び顔面に突き付ける。その速さはさっきのヴァルレオンの動きとは段違いだった。ジンは、その動きの速さに面食らいながらも、動きに反応してヴァルレオンの左腕をバリングする。
だが、それでもヴァルレオンの動きは止まらなかった。左腕が弾かれるよりも早く、右手の銃をヴァルゼリオンのコクピットに突きつけた。
「うっ!?」
ジンは、何とか突きつけられた銃を左手で払い、ヴァルレオンに左前蹴りを放つ。ジョウスケは、それに反応して後に飛びのいて間合いを取った。二人はある程度の間合いを保持したまま立ち尽くし・・・・・笑った。
「フ・・・・ハハハ・・・・ハハハハハハハ!」
「ハ・・・・アハハ・・・・アハハハハハハ!」
この状況で、楽しそうに笑う二人をその場にいる他の人間は誰一人理解できなかった。だが、そんな事など二人はかまいもせずに笑った。
「ハハハハ・・・・・まさかな・・・・・。拳銃を零距離で振り回して使う奴がいるとはな・・・・。面白い奴もいたもんだ」
「まあ普通に銃を使うんなら、ハンドガンよりもライフル使えば良いって事になるからな。それじゃつまんないし、なにより個性の欠片も無い感じするだろ?だから俺なりのスタイルってやつが欲しかったんだよ」
「なるほどな・・・・・」
「それにさ・・・・・強かったろ?」
「ああ・・・・・」
「出したくなったろ?本気」
「ああ・・・・・」
「俺も出すからさ。出してくれよ」
「ああ・・・・・!!」
ジンが語気を強めた瞬間、一瞬でその場の空気の質が変わった。ジンもジョウスケも重力を操作してはいないのに、周囲にいた者は空気そのものが突然鉛のように重く、氷のように冷たくなったように感じていた。
張り詰めた空気の中、ジンとジョウスケは再び構えを取る。ジンは体中でリズムを取る打撃系の構えを、ジョウスケは仁王立ちからレフトアームズを前に、ライトアームズを肩に担ぐような構えを取った。
ジンもジョウスケも、さっきまでの友人同士のやり取りような様相とは明らかに違い、強烈な殺気が押さえ込めずに体中から漏れ出していた。
誰もが言葉を出す事すら出来ぬ中、ジンとジョウスケは一瞬で間合いを詰める為に、後に回した足に体重を少しずつかける。そして――――
「アアァッ!!」
「オラァッ!!」
ジンとジョウスケの闘い・・・・・・いや、潰し合いが真に幕を開けた。
8
ジンとジョウスケ・・・・・・ヴァルゼリオンとヴァルレオン・・・・・・互いの左腕が、相手の頭部めがけ、凄まじい速さで突き出された。
ヴァルゼリオンとヴァルレオンの腕は交差し、相手の顔面に向かう。しかし、二人とも向かってくる腕に恐れる事も無く、むしろ更に足を踏み込ませる。
互いの踏み込ませた足がどうしがぶつかり合うが、放った腕の方は二人とも、紙一重の間合いでかわしていた。
しかし、ジョウスケは自分の向けた銃口が狙いを外したと理解した瞬間、すぐさま右手の銃を、ヴァルゼリオンの脇腹に押し付けてきた。だがジンも、ヴァルレオンの動きに反応し、とっさに前方宙返りを行って銃口を外す。そしてそのままヴァルレオンの後頭部めがけ、踵蹴りを放った。
「うおっ!?」
ジョウスケは、蹴りの軌道から逃げる為、恥も外聞も無く、前方に転がった。その為、ヴァルゼリオンの蹴りは、ヴァルレオンの後頭部を掠める程度の損害しか与えられなかった。更にジョウスケは、倒れた体勢からすぐさま仰向けになり、両手の銃を宙に浮いているヴァルゼリオンに向かい銃口を突きつけた。
だが、ジンはとっさに重力操作によって、急速落下して射線から身を外し、地面に降りる。ジョウスケの方も銃弾が当たらない事を察知し、既に体を起き上がらせていた。
即座に立ち上がった二人の間に、静寂が流れる。木々の葉ずれの音や風の流れる音、それどころかパイロットの息遣いすら聞こえるかと思えるような静寂の中、再び動き出したのはジンだった。ジンは数歩踏み込むと大きく跳躍した。
「うぉぉぉぉっ!!」
一気に間合いを詰めたジンは、ヴァルレオンの顔面めがけて右足で飛び蹴りを放つ。ジョウスケは、頭部を動かすだけで軽くその一撃をかわすが、ジンは瞬く間に左足での蹴り上げの追撃を放つ。
「くっ?」
この一撃はさすがに予想外だったのか、ジョウスケは体を大きく反らせてかわす事には成功するものの、体のバランスを大きく崩してしまった。
「やべっ!?」
「まったくだ!!」
ジンは、バランスを崩したヴォルレオンに向かい、振り上げていた左足を斧を振るうように振り下ろした。それはスピード・間合いともに、先の攻撃を凌駕する物で、ヴァルレオンが慣性を消して回避を行っても直撃は不可避な物だった。
しかし・・・・・・
「喰らって・・・・・たまるかよ!!」
ジョウスケは、慣性を消して一歩後退をしながら、銃を撃った。発射音を聞いたジンは、一瞬それがジョウスケの悪足掻きだと思った。
だが、その認識は間違っていた。ジョウスケはジンに向かって撃ったのではなく、地面に向かって撃ったのだ。その瞬間、ヴァルレオンの体は銃を撃った反動で大きく動いた。
「なにっ?!」
ヴァルレオンの予想を反した動作によって、ジンが放った回避不能だったはずの渾身の踵落しが、完全に回避された。
「ヒューッ!やってみるもんだな!!」
ジョウスケは安堵の一息をつきながらも、すぐさま右手の銃を宙に浮いたままのヴァルゼリオンに向けて撃った。
「チッ!!」
ジンは銃弾をかわしながら、落下を加速して地面に滑り込み、ヴァルレオンに左足でスライディングキックを放つ。しかし、ジョウスケはすぐさま反応し、ヴァルゼリオンの蹴りを前方宙返りをしてかわし、そのまま銃弾を撃った。
ジンは地面を転がって銃弾を回避しながらヴァルレオンに近寄り、そのまま飛び膝蹴りを放つ。だがジョウスケはとっさの機転で、ヴァルゼリオンの膝蹴りを銃底で受け止める。だが・・・・・・
「やべっ!?」
ジョウスケは膝蹴りを受け止めた刹那、後方に大きく回転しながら必死にヴァルゼリオンから間合いを取った。その瞬間、ヴァルゼリオンの膝から、機体の大きさほどの重力が発生する。ヴァルレオンは、その重力にコートの端を千切られながらも、どうにか直撃は回避した。そして両者とも再び同時に着地する。
だが、さっきと違って、今度は沈黙は無かった。
「ははっ・・・・・・。インパクトの瞬間に、最速で重力を作りやがるなんてな・・・・・・」
「速度低下を最小限に抑える方法だ。軽く見た相手を騙すなんてわけない」
「だろうな・・・・・・。危うく殺られるところだったぜ」
「俺は殺れると思ったけどな」
「ハハハハハ・・・・・」
「ハハハハハ!!」
そう言うと二人は笑い出した。もはやこの二人の思考は他の者には全く理解できていなかった。激しいまでの殺意を剥き出しにしたかと思えば、軽口を言い合って笑い出す・・・・・・。なぜか、他の者にはジンとジョウスケの事が、殺し合う敵同士と言うよりも、親友同士がジャレあっているようにも見えていた。
一頻り笑った後、ジョウスケが不意に呟く。
「でも・・・・・・このままじゃ決着つかねえな」
「ああ。これじゃあ無意味に時間がかかるだけだ」
「そうだよな。じゃあさ、こうしないか?」
そう言うと、ジョウスケはいきなりヴァルゼリオンから距離をとった。すると、そこから足を引きずって地面に線を描き出した。他の者は、もはやついていく事をあきらめたのか、傍観しているだけだった。
十数秒後・・・・・・
「よし、できた!!」
ジョウスケは、一仕事終えたかのように一息ついた。
ジョウスケが描いた物は、円だった。ついさっきヴァルゼリオンとヴァルレオンが立っていた場所を中心にして、円は作られていた。その大きさはヴァルゼリオンやヴァルレオンのようなドミネータークラスの体格にしては狭く、直径は、ドミネーターの四歩分も無かった
「なるほどな・・・・・・」
「わかった?」
ジンは、ジョウスケの意図していたことを理解し、苦笑した。ジョウスケのほうもジンが理解した事を察して笑い出し、そのまま二人で円の中心に向かった。
「やってくれんの?」
「めんどくさい事は嫌いでな・・・・・・・」
そう言うと、二人は再び構えを取る。しかし、今度の間合は異常に狭く、構えを取った時に互いの足が交差をしていた。
「ルール確認するぜ。『線から出ない』『飛行はしない』でいいな?」
「OK、OK。じゃあ・・・・やるか!!」
そう・・・・・・。ジンもジョウスケも、通常の闘いでは自分達の闘いに決着をつけるには、あまりにも時間がかかることを理解していた。だから彼らは決めたのだ『零距離決着』を。
もはや二人の加熱した闘争本能は止まらず、目の前の相手に勝利するその瞬間まで、彼らは互いしか知覚する事ができなかった。
9
「馬鹿げてるわ・・・・・」
カズエは、そう言いながらヴァルゼリオンのカメラアイからの受信映像に再び目を通す。そこには、ヴァルレオン以外は激しくぶれている映像があった。時折映るノイズのような物は、ヴァルレオンの持つ銃から放たれている弾丸だろう事は読み取れた。
なぜこのような映像になったかと言うと、ヴァルゼリオンとヴァルレオンが音速を遥かに凌駕する超高速で行動しているからである。同じ速度で動いているのが目の前にいる機体のみなので、PSFを使用した状態ですら他の物体を目視する事が不可能なのである。
カズエは、映像を見る事をやめ、溜息をつきながら眼を伏せた。今、この状態でジンの為にカズエができる事は全く無い。ジンの感覚は、PSFによって、既に神経が高速戦闘用に調整されていて、カズエの声だけではなく普通の物音を聞き取る事もできないのである。
しかし、戦闘についてはカズエが危惧する事など何も無い。カズエの心配は別なところにあった。
(これが・・・・・ジンの世界・・・・・・)
カズエは、もう一度画面に眼を向ける。もはや、そこには常人である自分には理解しきれない光景があった。
これほどの速さで行動できる人間などありえない。いくらシステムと特機の力を使っているとはいえ、これほどの速さに人間の脳が対応できるはずが無いのだ。だとしたら、今のジンとジョウスケはなんなのか・・・・・。
カズエは、再び映像から眼を離し、小さく呟く。
「ジン・・・・・・貴方は、どうなっていくの・・・・・・」
その声に答える者は誰もいなかった・・・・・・。
ヴァルゼリオンから放たれる拳が疾走(はし)り、ヴァルレオンが撃つ銃弾が空を穿つ。お互いに、相手の攻撃で発生する衝撃波すらも数cmの間合いでかわしつつ、瞬きすらも挿し挟めない程の間に、既に二撃目をくりだす。それすらも数cmの間合いでかわしながら、また攻撃を打ち出す。
わずか一秒未満の間に、数十以上の致死性攻撃が交差する、たった数十mの異常な空間・・・・・・。それが今のヴァルゼリオンとヴァルレオンがの決着をつけられる唯一の『世界』だった。
「はぁぁっ!!」
ヴァルゼリオンの拳と脚がヴァルレオンの全周囲から襲いかかる。
「おっとぉ!!」
ヴァルレオンは、その空間が縮まってくるかのような攻撃を、一発ずつ確実にかわしながら、逆に自分の持つ銃をヴァルゼリオンの拳と足に突きつけてくる。無論ヴァルゼリオンも突きつけられた瞬間に、銃口から拳・脚をすぐさま外し、掠る事すらさせなかった。
一合目から十秒程度しか経過していないが、今のジンとジョウスケにしてみれば十分以上も止まる事無く攻防を続けていたような物だったが、二人とも全く疲労を感じていなかった。むしろ、その一撃ごとに生死が交錯し、一合ごとに体中を歓喜が突き抜けるのを感じていた。
だが、例え闘いに歓喜を感じているとはいえ、二人の目的は勝利である。二人ともそれを忘れておらず、攻防を続けながらも状況の打開を狙っていた。
(やはり真っ向からじゃ埒があかないな・・・・。それなら!!)
ジンは、攻防を続けながらも刹那の間をつき、側転のように自分の体を左に180度上下を反転させ、右脚で頭部を、右拳で右爪先を狙った。
「うおっ!?」
突然の奇襲に驚きながらも、ヴァルレオンは咄嗟に右足を引きながら、右膝を少し落としてヴァルゼリオンの攻撃を避け、その体勢のまま両手の銃を横にして突き出し、発射する。
「お返しだ!」
両手の銃から撃ち出された弾丸は、真っ直ぐコクピットのある腰部とドミネーターの中枢部である頭部めがけて飛んでいった。だが・・・・・・
「甘ぇよ!!」
ヴァルゼリオンは、左右に動いて避けるのではなく、宙に浮いたまま弾丸と弾丸の間に体を捻じ込んだ。弾丸は体を掠める事無く通過し、ヴァルゼリオンはそのまま体の回転を強めて、左踵をヴァルレオンの頭部めがけて振りぬいた。
「クウッ!!」
膝を落としただけでは避けきれないと判断したヴァルレオンは、咄嗟に蹴りにあわせて自らも倒れこむように体を回転させながら、銃弾を撃った。二人は錐揉み上に回転しながら、互いの攻撃を完全に避け切って地面に倒れこむ。
「ハハハッ!!」
「へヘヘッ!!」
二人は体を起こしながら、無意識に笑い声を出し、すぐさま動き出した。先手を取ったのはヴァルレオンだった。体を起こすと同時に天高く跳躍した。
「下手な鉄砲もなんとやらだ!!」
錐揉み回転しながら、ヴァルレオンは銃弾を地面めがけてばら撒いた。ジョウスケは、相手を狙い撃つよりも、無差別乱射して破壊する手段を選択した。その量は、銃弾の豪雨と呼ぶにふさわしい物だった。
だが・・・・・・
「どうあがこうが、下手クソは下手糞だ!!」
ヴァルゼリオンは、一瞬反応が遅れながらも、体を縦横に回転させながら、銃弾の隙間をかいくぐり、一瞬にしてヴァルレオンに肉薄する。
「嘘っ?!」
「だったらよかったのにな!!」
ヴァルゼリオンは、上下が逆になっているヴァルレオンに向かって、拳の連打を放つ。しかし、ヴァルゼリオンの猛攻に対し、ヴァルレオンもそれに負ける事無く、銃身や銃底を使って、ヴァルゼリオンの攻撃を必死になって捌ききる。
「ちっ!よくやるもんだな!!」
「もっと褒めてくれよ!褒められたら伸びるタイプだから!!」
「そうか・・・・。俺は、出る杭は叩き潰すタイプだけどな!!」
「そいつは、おっかねえな!!」
二人は、落下までの刹那の時間に、軽口を交わしながらも数十以上の攻撃を交差させ着地した。
(仕切りなおしか・・・・)
ジンは、すぐさま体勢を整えて立ち上がる。しかし、ジンは目の前にいるヴァルレオンの行動を見て、自分の目を疑った。なんとヴァルレオンは、着地した態勢でかがみこんだまま、項垂れるように頭を掻き毟っていた。
(なんだ?こいつ・・・・・)
さすがのジンも、この行動には違和感を感じる。それから、ほんの少し後、ヴァルレオンはうつむいたまま立ち上がって、思いもよらない事を呟いた。
「はあ・・・・・。もう終ったか・・・・」
「終っ・・・・・た?」
ジンは、突然の呟きに、つい聞き返してしまう。すると、ヴァルレオンは、だるそうに頭を上げて言葉を続けた。
「ああ。もう、この勝負は終わりだよ。これ以上やったところで意味はねえよ。」
「余裕だな・・・・・。勝ったつもりか?」
「ああ。もう、そっちの攻撃は見切ったからな」
「は!?」
「マジ。そっちの攻撃はなにやったところで、もう効かねえよ」
ジンは、ジョウスケの言葉を受け入れる事が出来なかった。ジンの戦闘のキャリアは、喧嘩も混ぜれば10年を超える。その長いキャリアの中で、自分の攻撃を見切った者など皆無だった。それにも拘らず、目の前にいるジョウスケは、もう見切ったというのだ。ジンからしてみれば、「こいつは、こんな嘘を言って何を狙っている?」としか思えなかった。
それを察したのか、ジョウスケは、また頭を掻きながら話をすすめた。
「よし。じゃあ、論より証拠だ」
驚くべき事にジョウスケは、その言葉と同時に持っていた銃を、自分の腰につけているホルスターにしまい、それどころか両手を頭の後ろに持っていって、完全に無防備な姿をさらけ出した。
「何のつもりだ?」
その、人を舐めきったとしか言えないジョウスケの態度に、苛立ちすらも感じ始めるジン。だがジョウスケは、その無頼な態度を全く崩そうとはしない。
「言ったろ?論より証拠だって・・・・・。試しに一発打ってみろよ、顔面に」
ジョウスケの言葉で二人の間に緊張が走り、ジンは、腹の底から怒りが湧き上がる。
「そうか・・・・・だったら遠慮無くぶち込ませてもらうぜ!!」
「おお!遠慮無―――」
ジョウスケは、それ以上言葉を続ける事は出来なかった。言葉が出るよりも速く、ヴァルゼリオンの拳がヴァルレオンの顔面に叩き込まれたのだ。その拳は、ジンにとってはスピード、フォーム、タイミング全てがベストな物で、一撃であらゆる物を破壊できるという確信を持つことが出来た。
だが・・・・・・
「あ〜・・・・びっくりした」
「!?」
突然、ジョウスケの声が聞こえ、その瞬間、ヴァルレオンは、ヴァルゼリオンの体を、まるで親愛の情を込めるかのように抱きしめる。
「な!?」
「じゃあな・・・・・・楽しかったぜ!!」
ジョウスケは、左手でヴァルゼリオンの肩を軽く叩きながら、右手の銃を後頭部に突きつけ、引き金を引いた。
銃口から放たれた銃声は、まるで何かの終わりを告げているかのようだった・・・・・
10
「じゃあな・・・・・・楽しかったぜ!!」
ジョウスケは、左手でヴァルゼリオンの肩を軽く叩きながら、右手の銃を後頭部に突きつけ、引き金を引く。
「クッ!!」
ヴァルゼリオンは、咄嗟に頭をヴァルレオンの側頭部にたたきつけた。
「うわっ!!」
予想外の頭突きに、ヴァルレオンは手のロックが外れ、バランスを崩して銃弾をあさっての方向に撃ちながら地面に倒れるが、ヴァルゼリオンは倒れたヴァルレオンに追い討ちをせずに一歩引いて間合いを取った。
しかし、その行動はジンが無意識的にとった行動だった。いくら自分の拳を無傷で止められるという状況があったにせよ、チャンスを不意にしてしまうという咄嗟の判断に、ジンは自分自身で驚くほどだった。そして、その動揺を察してか、ヴァルレオンは慌てず騒がず、ゆっくりと体を起こした。
「追い討ちかけて来なかったな。もしかしてビビってた?」
「まあな・・・・・。これでも小心者なんだよ」
軽口を叩きながらも、ジンは自分の拳を顔面で受け止められた事を考察し、すでに大体の理由を理解していた。
「どうした?」
「なんでお前に拳が止められたかを考えていたんだよ。そして、大体は予想がついた」
「へえ?そいつは聞きたいな」
「原因は・・・・・『慣性』。ヴァルゼリオン、ヴァルレオン共に戦闘能力の要である感性制御にある」
ジンはそう言った後、溜息を一度ついてから話を続ける。
「簡単に説明すると、本来、拳のような物を使って対象を破壊するという事象は、慣性によって運動エネルギーが保たれなければ成り立たない。だが、もしここから慣性を取り去ってしまったら、運動エネルギーの保持は成り立たず、物質同士が衝突しても破壊は成り立たない。例えどれほどの腕力を持っていたとしてもだ」
「・・・・・・・」
「お前は、それを知っていた。だからお前は、俺が拳に慣性をかける寸前に、逆に自分の顔面を当てたんだ。そうする事によって俺の拳の運動エネルギーは消え、破壊力はほぼ相殺される。そうだろ?」
「まあ・・・・・・ピンポンってとこかな。」
ヴァルレオンは、ほとんど驚いた様子を見せずに淡々と言葉を返した。
「実際は、そんなに小難しい事を考えていたわけじゃないけどな。ただ、慣性を消している時に当たったところでダメージが無いというのはわかっていたしな。けど・・・・・」
そう言いながら、ヴァルレオンは手に持っている銃をまわし始める。
「こっちの方は、そうはいかない。いくら身体の慣性を消したって、銃弾の慣性は消えない。知ってるだろ?俺達の機体にあるドミニオン・システムは、自分の身体の慣性しか消せない事を・・・・・」
ヴァルレオンは、持っている銃をお手玉のようにして遊びながら言葉を続ける。
「わかるだろ?そっちのパンチは受け止めても何とかなる。けど、こっちの銃弾は受け止めるのは無理。もう、こっからお前が勝てる要素は残念ながら0だ。俺としてもお前を殺したくは無いからさ、降伏してくれ」
明らかに素人の動作と判断・・・・それにもかかわらず、自分をここまで追い詰める最強の素人。ジンは、その比類無き強さを見せ付けたジョウスケと言う男に対して、尊敬の念すら湧き出ていた。
だが・・・・・
「終わったと思っているのか?」
「え?」
「まさか、これで終わったと思っているのか?言っておくが、俺は、この程度で勝ったと言われるほど、底の浅い生き方はしてないからな」
そう言いながらヴァルゼリオンは、ヴァルレオンに対して人差し指を突き出した。
「一発だ。後、たった一発だけで俺はお前に勝ってみせる」
「・・・・・・・・・」
ヴァルゼリオンの一言を聞いて、ヴァルレオンは遊んでいた銃を元のように両の手に戻し、溜息をついた。
「はぁ・・・・・。なんつーのかね・・・・。何でたった一言で、五分に引き戻しちまうかねえ・・・・」
「それが格の違いって奴だよ。お前も100人くらい殺せば、これぐらいの格はついてまわる」
「・・・・・これ以上怖い話はやめてくれよ。夜中に一人でトイレにいけなくなっちまう」
軽口を叩きながらも、ヴァルレオンは既に構えを取っていた。
「だから・・・・早くケリをつけようぜ!!」
そう言って、ヴァルレオンは先手を取った。機先を制したヴァルレオンは、一瞬で距離を詰め、左手の銃をヴァルゼリオンの眉間に突きつけた。
ヴァルゼリオンは即座に反応し、突きつけられた銃を右手で捌き、すぐさま左拳を突き出す。だが、ヴァルレオンは突き出された左拳に対し、慌てる事無く右手に持つ銃を突きつけた。
「チッ!!」
ヴァルゼリオンは、余裕を見せ付けるヴァルレオンの態度に舌打ちをする。そして、予想通りと言うべきか、ヴァルゼリオンの左拳は、ヴァルレオンの銃によって、何の抵抗も無く止められた。
「クソッ!!」
ジンは吐き捨てるように呟きながら、銃弾を撃たれる前に手を引いた。止められるのは予想していたものの、実際に止められると心中穏やかと言うわけにはいかなかったが・・・・。
しかし、ヴァルゼリオンはそれでも躊躇う事無く果敢に攻め込んでいく。両手両足を駆使して、上下左右に散らしながらヴォルレオンに嵐のような連打を見舞う。
だが、ヴァルレオンにとってはその程度の連打などは、ごまかしにすらなっていなかった。ヴァルレオンは、ヴァルゼリオンの放つ連打に対して、一歩も引く事無く、その全てに対して銃口を使って受け止めた。
「遅せえ!遅せえぞ!!」
「クッ!!」
「速く!!もっと速くだ!!」
「うるせえ!!」
必死に打撃を打ち込むヴァルゼリオンに対し、余裕で全てを受け止めるヴァルレオン。さっきの言葉とは裏腹に、もはやイニシアティブは完全にヴァルレオンに移っていた。
「よし。じゃあ・・・・・・そろそろこっちからも行くか!!」
その言葉と共に、ついにジョウスケは攻勢に転じた。ヴァルゼリオンの攻撃を受けると同時に、すぐさまトリガーを引いて銃弾を撃つ。
「クッ!?」
ヴァルゼリオンは、すぐさま拳を引いて銃弾を回避する。だが、回避したところへもう一方の手に持っている銃が顔面に突きつけられた。
「悪いけどな、そろそろ終わらせたいんだよ!」
言うが早いか、ヴァルレオンは躊躇無くトリガーを引いた。だがヴァルゼリオンは、弾丸発射前に右手で銃を払いながら身体ごとヴァルレオンの左手側に回りこむ。
(無駄なのはわかりきってるが・・・・・・これしかねえ!!)
ヴァルゼリオンは、払った左腕を両手で掴み、ヴァルレオンの関節を極めながら、背負い投げを放った。しかし・・・・・・
「笑わせんな!!」
投げられたヴァルレオンだったが、腕を取られた瞬間に自ら宙に飛び、体勢を入れ替えて着地した。
着地すると同時に、ヴァルレオンはヴァルゼリオンの腕を掴み、自分の右腕をヴァルゼリオンの左腕に絡め、肘関節を極め返して逃げられないように身体を密着させて、ヴァルゼリオンの喉元に銃を押し付けた。
「ぐっ!!」
「ドミネーターに慣性支配がある以上、こういう投げは通じねえ。わかりきってた事だろ!?」
「・・・・・・・・・」
「何を狙っていたのか知らないが・・・・・・あの瞬間に投げなんて、博打にもなってねえぞ?」
「よく喋るな・・・・・」
「は?」
「不安なのか?ここから何をされるかが・・・・・・。どんな手を使ってこの状況をひっくり返してくるかが・・・・」
「悪いが、今度はハッタリに騙される気はねえよ。しっかりとケジメをつけてやるさ!!」
ヴァルレオンは、自分に言い聞かせるように叫び、そして銃を強く握り締め、引き金を絞り込んだ。
鋼鉄同士がぶつかり合う音がした。そして鋼鉄の膝が、身体が地面に崩れ落ちた。その目は完全に光を失っていた。
「終わったか・・・・・」
完全に力尽きた相手を見下ろして『ジン』は呟く。
「言ったろ?後、たった一発だけだって・・・・」
11
意識を集中し、脳のレベルを通常に戻す。それによって、ジンは通常の世界へと戻っていく。
完全に戻ると、急に目が急激にくらみ、身体をふらつかせてしまった。この立ちくらみのような物は、脳の知覚領域の振幅の差によって起こるものであり、知覚を変化させる以上防ぎようがない。
ジンは、軽く舌打ちをした後、状況を説明する為にカズエに通信コールをした。すると、ほぼコール開始と同時にカズエが通信を受け取った。
「ジン!!」
スピーカーが耳元に設置してあるタイプにもかかわらず、カズエはかなりの大声で叫んだ。不意をつかれて、ジンは耳を抑える(実際は、ヴァルゼリオンが耳を抑える形になるため意味が無いが)
「カズエさん・・・・・・静かに声かけてくれよ。こっちのは耳の近くにスピーカーが―――」
「一体、なにがあったの!?いつのまにか戦闘が終わって、ヴァルレオンが地面に倒れたけど!?」
言い切る前に、声を荒げて割り込んでくるカズエに、ジンは辟易しながら答える。
「・・・・・・今から言うよ。だから、静かにしててくれ」
「ああ、そいつは俺も聞きたいな」
「!?」
突然割り込んできた声に、ジンもカズエも驚く。その声は、今撃退したばかりのヴァルレオンのパイロット・ジョウスケの声だった
「無事だったのか?」
「まあな。どうやらこっちが壊れたのは伝達系みたいだからな。動かす事はできなくても、他の機能は生きてるからな」
「そうか・・・・・それよりも―――」
「ああ、わかってる。ゲームは俺の負けだ。だから妨害はしねえよ。だからさ・・・・・・どうやって勝ったか教えてくれよ」
スピーカーから聞こえてくるジョウスケの声のトーンからは、悔しさなどよりも好奇心の方が上回っているようだった。
ジンは、一度溜息をしたのち、少しずつ話を始めた。
「拳だよ・・・・・・。この右拳をヴァルレオンの胸部に叩き込んだ。それだけの事だ」
「嘘だろ?お前パンチなんか撃ってないはずじゃ・・・・・」
「撃ったんだよ、零距離で。お前に動きが見えないように拳を密着させてな」
「え?」
「要は、中国拳法や空手の『寸勁』と同じだ。密着した敵に対して、ほぼノーモーションで拳をぶち込む技だ。お前を倒すにはこれしかなかったからな」
「そんな事ができるのか!?」
「できる。全身の関節の使い方を知れば、こんなものは箸を使うくらいには簡単に出来る」
「・・・・・・どうやるんだよ」
「正拳突きで使用する関節は20箇所。そのうち固定した『肩』『肘』『手首』の3箇所を引き、そこ以外を使用する。17箇所も使えれば、充分に刺さる」
「・・・・・・・・・ハハハ」
ジョウスケは大声を出して、ひたすらに笑った。
「ハハハハハハ!!なるほど、こりゃあ負けるわけだわ!!最後の最後の安全パイだと思ったところに、こんな隠し球を用意されてたんじゃ負けても言い訳できねえか」
一頻り笑った後、ジョウスケは息を整えながら呟いた。
「負けたよ・・・・・・。どうやら、こっちの引き出しの数が少し足りなかったな。キッチリと詰める事ができなかった・・・・・・」
「そうだな・・・・・・。なにせ、腹を・・・・・・コクピットを狙わずに、一瞬遅れてでも頭を狙いに来るんだからな」
「う?」
ジンの言葉に、負けてなお陽気だったジョウスケの声色が少し変化した。それを確信したジンは、微笑しながら言葉を続ける。
「最初に組み付かれた時から妙だとは思っていたんだ。なぜ、腹を撃たなかったのかってな。そして2回目でわかったよ。お前は俺を殺す気が無かったんだって」
「・・・・・・」
「正直な話、お前が躊躇したから俺は勝てた。それほど力量は拮抗・・・・・・いや、むしろお前の方が上だったろう。戦って勝った今だからこそ、心底そう思う・・・・・・」
「そっか・・・・・・そいつは嬉しい褒め言葉だ」
ジョウスケは、軽口で返答する物の、それはさっきまでの言葉とは微妙にニュアンスが違っていた。ジンは、自分の声に入る笑いを止め、真剣に言葉を続ける。
「なぜだ?なぜ俺を殺すのを途中でやめた?最初の銃弾にこもっていた殺気は本当の殺気だった・・・・・・なのに――――」
「・・・・・・マユの為だよ」
「!?」
「マユに約束していたんだよ。無事に兄貴と会わせるってな。さっきは頭に血が上ってて、それが頭からすっ飛んじまったけどよ・・・・・・・」
「マユとは話をつけたはずだ」
「直に会ってねえだろ?それじゃあ、約束を護った事にはならねえからな。ヴァルゼリオンを壊して、お前を降ろして、対面させて・・・・・・。そうしなきゃ約束を護った事にはならないからな」
「馬鹿な奴だ・・・・・・。それだけの為に・・・・・・」
「女にはいいとこ見せたいのが男だろ?それが俺だけを頼ってくるようなかわいい子ならなおさらだ」
「正直な男だな・・・・・・」
「それが俺のチャームポイントだからな」
「ハッ、言ってろ」
ジンは、ジョウスケの言葉に苦笑しながら憎まれ口をついた。その様子は、ついさっきまで戦っていた間柄とは思えなかった・・・・・・いや、死力を尽くして戦ったからこそ、ジンとジョウスケは互いの間にあるものが出来たのを理解していた。それこそは、あの銃と拳による壮絶な遊戯が作った、奇妙な『絆』だった。
「さて、それじゃあ、おしゃべりもここまでだな」
そう言って、ジンはジョウスケに対して背中を向ける。
「行くのか?」
「ああ。残っている用事をさっさと片付けないといけないからな」
ジョウスケに返事をしながらも、ジンは決して振り返る事は無い。
「そうか。まあ、約束は守るから安心しろよ。連絡もしないし、こいつらには手出しはさせねえよ」
「わかった」
「ああ、後・・・・・・」
「なんだよ?まだあるのか?」
「またな」
「・・・・・・ああ」
その言葉を最後に、ヴァルゼリオンは、隠していたヴァルリーフを浮上させ、その上に飛び乗り、日本へ向かい飛び立った。
「ねえ、ジン・・・・・・」
「?」
既に島が目視できなくなった頃、今まで黙っていたカズエが、急にジンに話しかけてきた。
「彼の事だけど・・・・・・」
「彼?ジョウスケの事か?」
「ええ。彼はああ言っていたけれども、本当に信用しきっていいの?もし、彼がイスルギに連絡したら・・・・・・」
「その心配は無いさ」
「なんで?どうして、そう言い切れるの?」
「アイツの戦い方が真っ直ぐだったから・・・・・・な」
「え?」
「戦闘には、そいつの本性が出る。身のこなし、得意技、攻撃に入る前のくせとかな。ある程度のレベルになれば、そこからどういう人間かがそこそこ理解できるようになる」
「なるほど・・・・・・」
「そして、アイツは俺が今まで戦った中でもっとも素直な動きをしていた。作戦も何も無く、ただ真正面から俺に銃を突きつけてきた。ただ、技量だけで俺を倒そうとし、そしてそれほどまでに俺を追い詰めた」
「・・・・・・・・・」
「騙しの技術を知らないと言ってしまえば良いかもしれないが、そうとは言い切れないと俺は思う。そう感じさせる不思議な奴だったよ・・・・・・」
「・・・・・・フフフ」
ジンの言葉を黙って聞いていたカズエが、突然笑い始めた。いきなりの事に、ジンは戸惑う。
「ど・・・・・・・どうしたんだよ?急に笑い出すなんて・・・・・・」
「だって・・・・・・ジン気づいてる?あなた今とても楽しそうに喋っていたのよ?まるで初めて友達を作った子供みたいにね。それがなんだか微笑ましくって・・・・・・」
「な・・・・・・」
ジンは、ヴァルゼリオンに意識が移っているのにもかかわらず、自分の顔が紅潮するのがわかった。カズエは、それを知ってか知らずか微笑みながら話を続ける。
「ジンは、元々友達づきあい少ないしね。DCにいた時だって、プライベートで遊んでいたのって、プロジェクトTDの候補生のアイビスちゃんだけだっけ?」
「う・・・・・うるせえ!!それより早く日本に行くぞ!!」
そう言うと、ジンは強制的に通信を遮断した。明らかに照れ隠しのその行動にカズエは、笑いをこらえられなかった。
「フフフ・・・・・・。その行動も子供よ、ジン」
カズエは、笑いながらもヴァルリーフのオートメンテナンス装置を起動させたあと、自動航行装置に日本のイスルギ本社の座標を入れる。
これで、全てが終わる・・・・・・だが反対に、そうとは言い切れない何かも自分自身の中にある事をカズエは感じ取っていた。
弱きはいけない・・・・・・ジンなら何とかするはず・・・・・・。カズエは強く自分に言い聞かせ、キーボードのエンターボタンを押した。
画面に映る「決定」の文字が、なぜか、もう引き返せないという事をつきつけられている様な気がした・・・・・・・。
12
「おい、マユ。起きろ」
ジョウスケは、コクピットで意識を失っているマユの身体を揺すって起こそうとする。
「う・・・・ん」
うっすらと瞼を開けるマユを見て、どうやら最悪の状況にならなかったことにジョウスケは安堵した。
「おはようさん」
「・・・・・・おはようございます」
「痛い所とかあるか?」
「いえ・・・・・・大丈夫です」
「よし、じゃあ外に出るか。はい、手」
「あ、はい」
ジョウスケが差し出した手をマユはしっかりと握った。ジョウスケは、ヴァルスティオンのコクピットからマユを出し、ようやく全ての仕事を終えたという感じで、その場に座り込んだ。
「ジョウスケさん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。ちょっとばかし疲れちゃっただけだから・・・・・・あ、コーヒー飲む?」
「あ、いただきます」
「俺は、カフェオレ飲むけど、マユは?」
「無糖ブラックで・・・・・・」
(やっぱり)
二人は並んで、その場に座り込みコーヒーを飲み始める。一口飲んだあと、二人の視線は、その先に倒れているヴァルレオンに注がれた。
「すげえよな、マユの兄ちゃん」
「え?」
「正直、俺は100%勝ちを確信していたんだよ。それをマユの兄ちゃんは、たった一発入れて状況を逆転させたんだ。それも無傷に近い状態でな。ありゃあ、並どころかどんな凄い奴でもできねえよ」
「・・・・・・」
ジョウスケがジンの事を褒めても、マユは、ただ俯くだけだった。やはり、さっき殺されかけたことが尾を引いているのだろう。
ジョウスケは、マユの不安を抑えようと静かに話し掛ける。
「・・・・・・今のマユが、兄ちゃんの事をわからなくなっているのはわかるよ。でもアイツは、悪い奴じゃないよ。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「・・・・・・ただ、今のあいつは、きっとああするしかできないんだよ。あいつには、あいつなりに守らなきゃいけないものがあるんだろうしな・・・・・・」
「そう・・・・・・ですか」
今の言葉が届いたのか、ジョウスケには、マユの顔からほんの少しだけだが暗い影のような物が消えたように見えた。
しかし・・・・・・
「甘い事を言っても、仕事ができなければ何もならないんじゃないか?ジョウスケ隊長殿」
「ん?」
ジョウスケが声のする方へ振り返ると、そこには見慣れぬ男と女性が二人立っていた。だが、その三人を見た瞬間、ジョウスケの皮膚に鳥肌が立った。目の前にいる三人からは、普通の人間とは思えない寒々しい物が伝わってきたからだ。
「誰だよ、あんたら?俺の部隊にはいない顔だけど・・・・・・」
「キョウシロウ・ミナガミ。本来は会長のSPとして働いているが、現在は特命でジン・イスルギの動向を監視している」
「監視だって?じゃあ、さっきのも・・・・・・」
ジョウスケの不満げな様子を見て、キョウシロウは笑みを浮かべる。
「ああ。しかし・・・・・・ずいぶんと笑わせる闘いだったな」
「笑わせるだ?」
「そうだ。あんな狎れあいなど笑うしかないだろう?」
「勝手に笑ってろよ。それよりも何しに来たんだ?馬鹿にするんだったら通信でも良いんじゃないか?」
「ああ、悪かったな。伝えたい事があるのと、君を見てみたかっただけだ。ナイフコンバットの名手、シンイチ・フルミヤを、低出力ゴム弾で、しかもたった4発で倒した男の顔を見ておこうと思ってな」
「そいつは、どうも・・・・・・で、伝えたい事ってなんだ?」
「会長の義理の弟であるノブユキ・タカナカ(高中 信行)氏が、ジン・イスルギ抹殺に動いた。最新機である『ヴァーミリオン』に搭乗してな」
「!!」
ノブユキと言う名前を聞いたとたん、マユの顔が蒼白になり、持っていたコーヒー缶が手から滑り落ち、地面とぶつかって音を立てながら半分ほど残った中身がこぼれていった。
「何で・・・・・・何でノブユキ叔父さんが兄さんを!?」
マユは、キョウシロウにすがり付いて叫ぶ。そうしなければ立っていられないかのように・・・・・・
「ノブユキ氏は、俺の上司で会長直属のSPのリーダーだ。彼は会長の為に、会長を狙うテロリストを始末する為に動き出しただけだ」
「そんな・・・・・・」
マユは、手で顔を覆い、声を殺して泣き出した。実の兄と叔父が殺しあう・・・・・・まだ少女の身で、あまりにも苛烈な運命を背負ったマユのことを思うと、ジョウスケは言葉も出なかった・・・・・・だが―――
「・・・・・・泣くな」
「!?」
突然、キョウシロウは泣き出すマユの髪を掴んだ。
「なんだ?その涙・・・・・・悲劇のヒロインぶっているのか?そういうのがイラつくんだよ・・・・・・」
「い・・・・・・痛い!!」
マユは、突然のキョウシロウの凶行に必死に抵抗する。だがキョウシロウの狂気じみた行動は止まらなかった。
「ガキだからと言って、泣けば良いと思うなよ?世の中にはお涙頂戴の芝居を嫌いな奴だっているんだよ・・・・・・」
「そんな・・・・・・芝居なんかじゃ―――」
「だったらなんだ!?この―――」
「おい、その汚い手を離せ・・・・・・」
マユを脅かすキョウシロウの頭に、ジョウスケは両手に持った銃を突きつける。その銃は、シンイチとの闘いに使った物とは違い、実弾を込めてあり高い殺傷能力を持つイスルギ製大型ハンドガン『石動壱式 神雷(カムイカヅチ)』だった。
「なんのつもりだ?ジョウスケ隊長・・・・・・」
「何のつもりも、こういうつもりだよ。さっさとマユの髪から手を離せよ。じゃないと・・・・・・」
「貴様!!」
「キョウシロウ様に!!」
「よせランファ!レイファ!」
ジョウスケの行動に、レイファ・ランファと呼ばれる女性達は、形相を変えてジョウスケに向かおうとするが、逆にキョウシロウに止められた。
「わかった。彼女を放せば良いんだな」
キョウシロウの表情が和らぎ、マユの髪を掴んでいた手を離した・・・・・・と同時に、キョウシロウは、マユをジョウスケに突き飛ばす
「きゃあ!!」
「うお!」
突き飛ばされたマユを咄嗟に抱きとめるジョウスケ。そこへ間髪入れる事無く、キョウシロウの左掌低が襲いかかった。
「チイッ!!」
ジョウスケは、抱きとめたマユを左脇に抱えながら、掌低をスレスレでかわして、右手の銃をキョウシロウの顔面に突き付ける。
だがキョウシロウは、すぐさま右手で突きつけられた銃をいなし、右膝を差し込んでくる。
「ウオォォォッ!!」
ジョウスケは、必死に後ろに跳んで、着地と同時に回転しながら右手の銃を突き出す。だが、キョウシロウも、いつのまにか逆手に握っていた大型のナイフをジョウスケの眼前に突きつけた。
刹那の緊張の後、キョウシロウは笑いながら手を引く。
「なるほど、やはり流石だな。」
早々にナイフを引いたキョウシロウは、そのまま身を翻してジョウスケに背を向けた。
「お・・・・・おい!テメエ!!」
「よく考えたら、伝える事も伝えたからな。帰ることにする」
そう言うと、ジョウスケの言葉を聞かずにその場を立ち去って行く・・・・・が―――
「そうだ。最後に・・・・・・」
「なんだよ」
「お前が逃したジンだが・・・・・・どうせ、すぐに殺される。」
「・・・・・・」
「この俺に・・・・・・いや『ヴォルバリオン』によってな・・・・・・ククク・・・ハハハハハハハ!!」
キョウシロウは、笑いながら、呆然とするジョウスケの前から立ち去っていった。
「ジョウスケさん・・・・・・」
キョウシロウの狂気に怯えきって、涙を流してすがりつくマユをジョウスケは強く抱きしめながらキョウシロウの背中を睨みつけていた。
(ジン・・・・・・死ぬなよ。お前は、あんな奴に殺されて良い奴じゃねえ!!)
次回予告
ついに日本へと到着したジン。
だが、そこには最新機体『ヴァーミリオン』に乗った実の叔父『ノブユキ・タカナカ』が待ち受けていた。
禁断の兵器『GCライフル』により、徐々に追い詰められる中、ジンはある決断を下す・・・・・・
次回『復讐の終焉』
現時点では、とりあえずこれで再アップ終わりです。
4th BREAK
『壮絶なる遊戯』
1
イスルギ重工日本本社の中にある『兵器実験室』。その中で、二人の男が何かのテストを行っていた。
「テスト終了。被験者『ジョウスケ・キザキ(城崎 譲介)』は、シミュレータから離脱してください」
室内に反響する電子音声を聞いて、コクピット型のシミュレータの中にいた男、ジョウスケは、勢いよく飛び出してきた。
「よっしゃ。おーわりー」
ジョウスケは、まるでテストが終った直後の学生のように声を出し、ラジオ体操でも、するかのように体や腕を動かしながら、近くでシミュレーションの結果を計測している者達に顔を向ける。
「どう?頑張ってみたけど、いい感じだった?」
「このようになりました」
ジョウスケの陽気な声とは対照的に、計測者は言葉少なにデータを開示した。その時・・・・
「あ・・・・・ありえん!!」
計測者の横にいたもう一人の被験者『シンイチ・フルミヤ(古宮 真一)』がデータを見ると同時に、興奮して立ち上がり、ジョウスケに怒鳴りかかってくる。
「お前、一体何をやった!!こんな事がありえるか!!」
「なんですか?別に俺は、いつものように出てきた標的を撃ってただけっすよ?」
シンイチの怒鳴り声に目を丸くしながらも、ジョウスケは答える。だが、シンイチは、その言葉で納得できなかったのか、それともジョウスケの答え方が悪かったのか、今だ怒りが収まらないようだった。
「いつものようにだと・・・・・。それでこんな数字が出せるか!!」
シンイチは、表示されているデータに一度目を向け、もう一度ジョウスケを睨む。
「見ろ!100%だ!!破壊率100%だぞ!?元・連邦の兵士だった俺が75%だったというのに、こんな事がありえるか!!」
「で・・・でも、本当に何もイカサマなんかしてないっすよ!!」
「そんなはずあるか!!正直に白状しろ!!」
いつのまにかジョウスケの襟首を掴み、今にも噛みつかんばかりに激昂するシンイチと、その勢いに飲まれて必死に弁解するジョウスケ。その時・・・・・・
「彼の言っている事は本当だ。」
自動ドアが開くと同時に聞こえてきた声に、その場にいた全員がドアへと目を向ける。
「クロウド博士・・・・・」
「だから、彼から手を離すんだ、シンイチさん」
「・・・・・・・・チッ」
クロウドと呼ばれた科学者らしき男の言葉に従い、シンイチは渋々とジョウスケから手を離し、部屋から出て行った。
「ああ、怖かった・・・・・。あんがと博士」
「気にしないでくれ。今の君は我が社にとって、役員各位の次に価値のあると言っても過言ではない存在だ」
「はいはい。わかってるよ・・・・・。ところで、博士。あんたが来たって事は・・・・」
「ああ。ようやく『アレ』の準備が終わった。それで君のデータを拝見するついでに君を呼びに来たというわけだ」
「マジで!?」
クロウドの言葉を聞くと同時に、ジョウスケの顔が表情が一変した。喜色満面のその顔には、さっきまでの怯えた表情は全く見られなかった。
「じゃあ、見に行ってもいいんですか?」
「ああ。どうせなら先に行っててもいい。私はデータの確認をしていくからな」
「オッケーッ!!」
その言葉と同時に、ジョウスケは自動ドアにぶつかりかねない勢いで廊下へと飛び出していく。その様子を見て、シンイチは体を震わせながら、憎々しげに呟いた。
「何でなんだ・・・・。何であんなガキみたいな男が!!」
その言葉とともに、シンイチは顔を紅潮させながら、部屋を出て行った。それを横目で見ていた一人の研究員がクロウドに話しかける。
「いいんですか?彼はきっと納得していませんよ・・・・」
「いいんだよ」
クロウドは笑みを浮かべて呟く。
「いつか実際にあの力を見たならば、あの軍人崩れも少しはわかるだろう。ジョウスケと自分の『生物』としての格の違いを・・・・」
2
「全員退避!!全員退避せよ!!」
イスルギ重工・台湾支局 台北(たいぺい)工場には、大気を震わせるかと思うほどの警報と怒号や悲鳴が飛び交っていた。
工場内で働いていた人々は、必死になって我先にとばかりに工場の外へ逃げ出していた。そして人々の後方には彼らが逃げ出す理由・・・・・・・工場を襲撃、破壊するヴァルゼリオンの姿があった。
ヴァルゼリオンは、工場敷地内を縦横無尽に歩き回り、自らの近くにある建物を、無造作に手足を振り回して破壊していった。
無論、その暴挙を食い止めるべく、イスルギの防衛用AMが数機出撃したが、ヴァルゼリオンの暴力の前には十分ももつ事無く撃墜されてしまい、遂に台北工場は完全な廃墟と化してしまった。
人々は、巻き上がる黒煙と爆炎、そして自らが流した恐怖と嘆きの涙越しに飛び去っていくヴァルゼリオンを見つめた。そこに映る黒き巨体の威容は、それを見ている人々の心に大きな畏怖を刻み込んだ。
だが、それと全く逆にヴァルゼリオンの中にいるジンとカズエの気分は上々だった。
「今回も難なく終わったわね、ジン」
カズエは、ヴァルゼリオンを上空に待機させていたヴァルリーフに収納し、コクピットから降りてきたジンに声をかけた。ジンもカズエの声に対して笑みを浮かべながら返事をする。
「ああ。でもあれじゃ、はっきり言ってヴァルゼリオンの慣らしにもならねえな」
「なに言ってんのよ。最初の頃と比べたらかなり動きが違うわよ?今回なんか、慣性制御とかを使わなかったじゃない」
「そりゃあな。26箇所も工場襲って、敵機と戦ったら動きもこなれてくるさ」
「それもそうよね」
少々間の抜けた受け答えに、ジンもカズエも笑い出す。だが、ふとカズエの表情に影がさす。
「どうしたんだ?」
「ん・・・・・ちょっとね」
「なんだよ、気になるからはっきり言ってくれよ?」
「・・・・・さっきの事を思い出してね・・・・・」
「さっき?もしかして工場を壊した事か?」
「ええ・・・・・」
ジンの言葉に頷いたカズエの表情が、目に見えて暗くなった。
「さっきの・・・・・いえ、今まで壊した工場の人達の顔・・・・・ヴァルゼリオンを睨んでいたわ・・・・・。怒りと悲しみを表して・・・・・」
「・・・・・・・」
「確かに、今私達がしている事はイスルギを止める為に必要な事だって言うのはわかっているわ・・・・・・。でも、そんな事はただの社員である労働者には関係ないわ・・・・・」
カズエは、言葉を呟くだけにもかかわらず、とても苦しそうにしていた。それを見ながらも、ジンはただ黙り続ける。
「彼らはただの生活者よ。普通の生活をして、普通に家族の幸せを願っているだけの・・・・・。彼らからしてみれば、私達なんかただの侵略者に過ぎないのよね・・・・・」
「それが・・・・・嫌になったのか?」
「それもあるわ・・・・・。けど、何よりも違和感を感じたのは、そんな事をしている自分に罪の意識が感じられない事なのよ・・・・・」
「罪の・・・・」
「何の関係も無い人々を苦しませているのに、それに対して罪の意識を感じるどころか、イスルギを倒せる可能性が大きくなっているって喜んでさえいるのよ・・・・・」
自分の行っている事がよほど許せないのか、喋りながらもカズエはその目に涙を滲ませた。それを見たジンは、ただカズエを見守るしかなかった。
正直な所、ジンにとっては、カズエのこの反応は予想外だった。ジンにとってもカズエにとっても大切な存在であったナオトが殺されたのだから、なりふりかまっていられるはずが無い。そんな事はカズエもわかっているはず・・・・・それがジンの想像だった。
だが、カズエは人々を犠牲にするのに嫌悪の感情すら覚え始めていた。やはりカズエは非戦闘員のため、何かを破壊する事に対して割り切る事が出来なかったのだ。
(仕方がないか・・・・)
ジンは小さく溜息をした。だが、それはジンがカズエを見限ったという類の物では無い。ジンは、うつむくカズエに見を乗り出して呟く。
「じゃあさ、行くか」
「え?」
「行こうぜ。日本に」
「えっ!?」
ジンの言葉が、あまりに予想外だったのか、カズエは顔を上げた。よほど驚いたのか、その目に滲んでいた涙さえ、ほとんど無くなっていた。
「ジ・・・・・・ジン?もう一度言ってくれない?」
「だからさぁ・・・・・・、日本の本社に攻め込もうってんだよ。カズエさん、もう他の工場に攻め込むの辛いんだろ?」
「で・・・・・・でも、そんなことして大丈夫なの?まだ基地だって半分くらいしか・・・・・・」
「充分だ。それだけ壊せば何とかする事だって出来る。それに俺もヴァルゼリオンにも慣れてきたし、しかもラッキーな事に、PSFを使える時間も、少しずつ延びているし。これならよっぽどの事がなけりゃ、やられはしねえよ」
「本気なの・・・・・・?」
「ああ、本気だ。それにもう決めた事だ」
ジンの言葉に決意の固さを感じたのか、それともあきれてしまったのか、カズエはただ沈黙していた。その様子を見たジンは、笑いをかみ殺しながら背を向ける。
「じゃあ問題無しって事で。とりあえず俺は寝るわ。後ででいいから、ヴァルリーフをどっかの島に着陸させといて」
「あ・・・・・・うん」
「二人とも疲れてるし、明日は丸一日休もうぜ。明後日は日本に行くから充分に休息しとかないとな。じゃ、お休み」
「お・・・・・お休み」
ジンは、あっけに取られたカズエを尻目に、ソファーベッドに寝転がった。これで、少しでもカズエの心労が取れたら良いと思いながら・・・・・・。
3
「うー・・・あー・・・・えっと・・・・」
イスルギ本社の特別会議室。十名の若年兵達の前に立ったジョウスケは、緊張のあまり言葉に詰まっていた。救いを求めて、列席しているクロウドへ視線を送るが、クロウドは静かに視線をずらすだけだった。
ジョウスケは、クロウドの態度を見て、はばかる事無く溜息をつく。
(くそ〜・・・・・・。俺こういうの苦手なのによ・・・・・・。いくら私設特別部隊の隊長になったからって、わざわざ部隊員の前で挨拶する必要あんのか〜?)
彼の心の声が言っていたように、ジョウスケはその戦闘能力を高く評価され、ジンとヴァルゼリオンを捕獲するための部隊、『イスルギ重工 私設特別部隊(通称 石動刃 追跡部隊)』の隊長に抜擢されたのだった。
しかし隊長になったはいいものの、人を指揮する事など経験した事の無いジョウスケは異常に緊張してしまい、着任の挨拶をする事すら出来ずにいた。
そんなジョウスケの心の叫びなど、他の人間に通じるわけも無く、目の前にいる兵達はジョウスケの事を見つめていた。
(そんなに見られたって、何もねえよ・・・・・・)
完全に言葉が出ずに焦るジョウスケ。その時、もう駄目だと感じたのか、クロウドがジョウスケの隣へと、咳払いをしながらゆっくりと歩み出てきた。
「すまんが彼は、こういうのは苦手でな。ここからは私、クロウド・サカキが話を進めさせてもらう」
そう言いながら、クロウドはジョウスケに目配せする。ジョウスケは助かったと思いながらそそくさと自分の座っていた場所に戻っていく。
「まずは君達の搭乗する機体の簡単な説明から始めよう。では手元にあるディスプレイに目を向けてくれ」
クロウドの言葉とともに、ディスプレイに一つの機体が映し出された。その機体は、ジンが搭乗しているヴァルゼリオンに酷似していたが、フォルムがリオンシリーズのようになっていた。
「これが君達が登場する機体『ヴァルスティオン』だ。この機体には、通常のコクピット仕様にしたドミニオン・システムをつんである。重力と慣性の制御はレバーとボタンでできるので、特別な技能などがなくても動作可能だ。武装も選択式なので、通常のAMやPTと同じ感覚で扱えるだろう」
兵士達は、クロウドの言葉を聞いてすぐさまメモをとり始めた。無論、ジョウスケだけは話を聞いているものの、メモを取るほどの真剣さは欠片も無かった。
クロウドは、それを横目で確認しながらも、注意することなく次の説明に入った。
「それでは次の説明を始める。次の機体は、隊長機の――――――」
「ちょっと待ってください!!」
クロウドが隊長機の説明を始めようとした時、突然大声を立てながら会議室に入ってくる者がいた。その場にいた全員の視線が集まったその先にいたのは、ジョウスケとともに被験者として機体開発に参加していたシンイチだった。
だがクロウドは、入ってきたシンイチを一瞥しただけで、少しも驚く事無く視線を外し、溜息をつきながら呟く。
「一体どうしたんだシンイチさん。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ?」
「それはわかっています・・・・・・。ですが、それを押してでも、計画の責任者であるクロウド博士に頼みたい事があるのです!!」
「頼みたい事?」
「はい!!」
気合の入った返事とともに、シンイチはクロウドに向かって、突然土下座をした。
「自分がやっていることが恥だとは理解しています!!しかし・・・・・それでも私はあの機体・・・・・特別部隊の隊長機である『ヴァルレオン』のパイロットになりたいのです!!」
「そうか・・・・・・(暑苦しい男だ・・・・・・)」
クロウドは、あまりにも暑苦しいシンイチの性格に辟易し、適当に返事をするが、すぐさま追い返すような真似はしなかった。むしろ、シンイチがここへ来た事自体をあることに利用しようとしたのだ。
「よし、君の熱意はよくわかった。だったらチャンスを与えよう」
「チャンス!?」
「そうだ。君にはジョウスケと直截戦ってもらう」
「えーっ!なんで!?」
突然のクロウドの発言に、ジョウスケは驚愕する。しかしクロウドはジョウスケの言葉を聞き流していた。
「知っているだろうが、ヴァルレオンは本質的に敵機であるヴァルゼリオンと同系機だ。その為、操縦方法もB.D.Lを使用している。その為、操縦者の実力が高ければ高いほどその性能を引き出す事ができるのだ」
「なるほど・・・・・・つまり、私がジョウスケを倒せたのなら・・・・・・」
「そう。君はジョウスケよりもヴァルレオンのパイロットに相応しい事を証明できる・・・・・・というわけだ。無論それはジョウスケにもいえることだがな。どうするかな、シンイチ?」
「やります!もちろんやりますとも!!」
「ハア・・・・・・しかたねえな」
クロウドのその場の思いつきとしか思えない提案に、シンイチは完全に納得していた。ジョウスケは、アホ臭いと思いながらも重い腰をあげ、シンイチの目の前に対峙する。
「めんどくさいしトイレに行きたくなったからさ、ここでやりましょうよ。もちろん得物もありの、手加減なしで」
「なんだと?・・・・・・」
二人の間に緊張が走る・・・・・・といってもシンイチの方だけが一方的に敵意を剥き出しにしていて、いつ襲いかかってきてもおかしくない状況だった。それを察してかクロウドは既に隊員達を会議室の壁際に非難させていた。
「いまさら後悔しても遅いからな!!」
シンイチは、右腰につけていた大型コンバットナイフを抜いた。そのナイフは訓練用に、刃を硬質ゴムでできたカバーをかぶせていて切る事も刺す事もできないものの、ナイフの硬度と強度に変わりは無く、下手をすると受けた部分の骨を骨折する代物なのだ。しかし、それを見せられてもなお、ジョウスケの顔から余裕は消えなかった。
「確か・・・・・・シンイチさんって、ナイフコンバットでしたっけ。つまり本気ってわけですか・・・・・・」
「当たり前だ。貴様を倒して、ヴァルレオンの正式パイロットになるためならばな・・・・・・」
「なるほど、そこまで必死なんですね・・・・・・。でも・・・・・・」
ジョウスケは、着ているジャケットのポケットに手を入れる。
「俺も引くわけにはいかないんでね!!」
その瞬間、ジョウスケの目が別人のように輝いた・・・・・・。
ジョウスケがポケットから取り出したのは、二丁の拳銃だった。ただし、それは実銃ではあったが、対人用の低出力ゴム弾を撃つための物だった。
「準備はいいぜ。来なよ、シンイチさん」
「・・・・・・俺は素人だからと言って、遠慮はしないぞ」
その言葉と共に、シンイチは大きく踏み込んでナイフを顔面に突き出す。ジョウスケは、それをスウェーでかわすが、シンイチは、すぐさまナイフの軌道を変えて、縦に振り下ろす。
「おっと!?」
「言ったはずだ!遠慮はしないと!!」
シンイチの素早いナイフさばきに、ジョウスケは反撃の暇も無く、ただ逃げ続けるだけ・・・・・・と周りの者は見ていた。だが、それは大きな間違いだった。
「あのさあ、シンイチさん・・・・・・アンタやっぱり遅いわ」
「!?」
溜息と共に呟いた瞬間、突如ジョウスケの動きが早まった。突き入れられたナイフをミリ単位でかわし、左手の銃をシンイチの脛に撃った。
「!!」
ゴム弾は、寸分の狂いも無くシンイチの弁慶の泣き所にヒットした。ジョウスケは、間髪を入れずに右手の銃を股間に向けて撃った。
脛と股間を襲った激痛に、シンイチは持っていたナイフを落としてしまった。ジョウスケは、そこを見逃す事無く、シンイチに両手の銃を突きつけた。
「悪いけど・・・・・・こっちも仕事なんでね」
そう言うと、ジョウスケは躊躇う事無く、両手の引き金を引いた。右手から放たれた銃弾は喉に、左手の銃から放たれた銃弾は、眉間に命中し、シンイチはその場に崩れ落ちた
「う・・・・・あああ・・・・・・」
会議室中に響く小さなうめき声以外に、誰も声も物音も立てられなかった。その場にいる殆どの者が、目の前で起こった出来事を信じる事ができず、ただ沈黙するしかなかった。
「悪かったね、シンイチさん」
その戦いに勝ったのはジョウスケだった。ジョウスケは既に武器をポケットにしまって、倒れているシンイチに向かって声をかける。
「手加減無しって言いましたからね。有言実行って事で」
ジョウスケは笑みを浮かべているが、シンイチに反応は見られなかった・・・・・・と言うよりも反応を返す事ができないようだった。
ジョウスケは、頭を掻きながら少々困った顔をした後、遠巻きに見ている隊員達に顔を向ける。
「・・・・・・と言う訳で、これから君達の正式な隊長になったジョウスケ・キザキだ。これから仲良くしてくれよ。じゃ、俺はトイレに行ってくるから」
ジョウスケは、驚愕を隠せない隊員達を尻目に、無邪気な笑顔を浮かべて挨拶し、堂々と会議室を出る。すると即座に走り出し、トイレの個室に駆け込み、便器に腰をおろして叫んだ。
「マ・・・・・・マジでビビッた〜!!」
必死にこらえていた思いをこめたその声は、何とか会議室には聞こえなかった。
そして・・・・・・
「あ〜、すっきりしたら落ち着いた」
ジョウスケは、手を備え付けのペーパーで拭きながら外へ出た。その時・・・・・・
「あの・・・・・・」
「うわっ!?」
トイレから出てきた瞬間に、いきなり横から声をかけられ、ジョウスケは驚きの声をあげる。その驚きぶりに、声をかけた人物も動揺していた。
「あ・・・あの・・・・・・大丈夫ですか?」
「あ・・・・、うん」
ジョウスケは、照れながらも顔をあげて、声をかけてきた人物を見る。そこにいたのは特別部隊の制服を着た可愛らしい少女だった。その少女の面影にはいまだ幼さが残っていて、ジョウスケには着ている制服が似つかわしくなく感じたが、人それぞれ事情があるものと思い、それを胸の内にしまい、何気ない顔をしながら少女に話しかける。
「で・・・・・なんか用?」
「実は・・・・ジョウスケさんに、少しお話したい事が・・・・・」
「話?」
「はい。ジョウスケさんにしか話せないことなんです」
その言葉を聞いて、ジョウスケは再び驚く。今まで生きてきて、女性に頼りにされるということが一度も無かったからだ。一瞬、よからぬ考えが頭をよぎったが、それを必死に振り払い、平静を保ちながら返事をする。
「わかったよ。でも、とりあえず場所を移らない?トイレの前でってのはちょっとな」
「あ・・・・そ、そうですね・・・・」
少女は、自分が今までいた場所に気づき、顔をうつむかせ、紅潮した。ジョウスケは、そのしぐさを可愛らしく思いながら、少女と一緒に廊下を歩き出した。
4
ジョウスケは、突然、頼みたい事があると言い寄ってきた少女を連れて、清涼飲料水の自動販売機の設置してある休憩室にやってきた。
「なに飲む?おごるよ?」
「え?でも・・・・・」
「いいからいいから」
「じゃあ・・・・・ブラックコーヒーをください」
「渋いね・・・・・」
ジョウスケは、少女の嗜好に少々面食らいながらも言われた通りにブラックコーヒーを購入し、自分用にコーラを購入した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ジョウスケは、少女にコーヒーを渡して、共に設置してあるベンチに座り、互いに飲み始める。だがジョウスケは、本当に少女がブラックを飲むのか気になって、コーラを口にしながらも何度も視線を少女に向ける。しかし少女は、本当にそれが美味しいらしく、少しも苦そうな表情を見せなかった。
「あの、ジョウスケさん・・・・・」
「え?!な・・・・・何?」
突然向けられた視線と言葉にジョウスケは、慌てふためきながらも、何とか平静に見せる。
「そろそろ・・・・話を始めてもいいですか?」
「う・・・うん、いいよ。どうぞ」
「ありがとうございます・・・・・」
少女は、ジョウスケのやさしい態度に礼を言った後、突然うつむき、話を始めた。その様子は、まるで喋る事自体が辛いかのようだった。
「もう遅れましたが、私の名前は『マユ(真悠)』と言います。話と言うのは・・・・・ジン・イスルギについての事なんです」
「ジン・イスルギ?」
いきなり出てきた名前にジョウスケは、またまた驚く。いくらこのマユという少女が特別部隊の隊員だとしても個人的な用件でその名を聞くことになるとは思っていなかったからだ。
それと共に、ジョウスケはマユの言いたい事が予測した。きっとマユは、ジン・イスルギに大切な人を殺されるか何かされたのだろう。特別部隊を造らせるほどの人間だからそれくらいやるはずだ。だから仇を取るのを手伝ってくれというはずだ・・・・・・。それがジョウスケの頭の中の一連の流れだった。
(なるほど・・・・・このマユって娘も大変だな・・・・・。こりゃ、ちゃんと手伝ってやらないとな)
既に、ジョウスケの頭の中ではマユは、とてつもなく悲惨な人生を味わっていることになっていた。そんな事など全く知らないマユは、ジョウスケに話を続けた。
「実は、ジン・イスルギの事を―――」
「いいって、最後まで言わなくて」
「え?」
突然言葉をさえぎられ、マユは困惑するが、それに気づかないジョウスケは笑顔で語りだす。
「大丈夫。ちゃんと俺が君の仇討ちの手伝いしてやるからさ」
「か・・・・仇?」
「そうそう。ちゃんと反撃できないように、きっちりとぶちのめして・・・・・」
「ぶちのめさないでください!!」
マユは、顔を真っ赤にして立ち上がりながら叫んだ。だが、ジョウスケは彼女がなぜ怒り出したか理解できない。
「ど・・・・どうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ!!何でそんなことをするんですか!!」
「何でって・・・・違うの?」
「違います!私は『ジン・イスルギを殺さないでください』って言いたかったんです!!」
「は?」
マユが言っている事が自分の予想と全く正反対と言う事実に、ジョウスケはまたまた驚く。しきりに湧き上がってくる違和感をごまかす為に、貧乏ゆすりをしながら再びマユに声をかける。
「じゃあ聞くけど・・・・・なんでジン・イスルギを?」
「肉親なんです」
「ん?」
「兄なんです。ジン・イスルギは・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ジョウスケは、いきなりの核心をつく言葉の意味を完全に理解できず、心を落ち着けるために視線を外してコーラを喉に流し込み、深呼吸を二、三度行う。
ようやく意を決したジョウスケは、視線を泳がせながらマユに目を向ける。
「あの・・・・・・・」
「はい?」
「俺が聞いたままを要約すると、君は会長の・・・・・・」
「はい。娘です」
そのマユの言葉と同時に、ジョウスケは驚きのあまりコーラの缶を床に落とした。幸いほとんど中身が入っていた無かったため、服も床も汚す事は無かったが、マユにどれほど動揺をしたのかを伝えるには十分だった。
「ど・・・・どうしました?!」
「い・・・・いや、あまりに突然で驚いて・・・・・」
「すいません。別に秘密にしていたわけではなかったんですが・・・・・・」
「気にしないでいいよ。それよりもどうして君は特別部隊に入ったの?」
ジョウスケは、床にこぼしたコーラの缶を拾いながらマユに話を続けさせる。マユは、ジョウスケの様子を気にしながらも話を続ける。
「わかりました・・・・・・・。私がこの特別部隊に入ったのは、多分ジョウスケさんが思っている通りです」
「じゃあ、やっぱりお兄さんのジン・イスルギが関係あるんだ」
「そうなんです。私は、兄ともう一度会うためにこの部隊に入りました」
「会うため?」
「兄とは3年前から顔を会わせるどころか、声を交わす事もありませんでしたから・・・・・」
「それって、DCに入ったから?」
「はい。兄さんは、家を出る為に偶然日本に来ていた父の取引相手であったビアン総帥に直訴して、特別にDCに入隊させてもらったんです。そこからは・・・・・・」
「なるほど・・・・・でも、一つ聞いていいかな?」
「なんですか?」
「何でジンは、家から出て行きたかったの?」
ジョウスケは、少し疑問に思った点を軽い気持ちで聞いてみた。だが、それをジョウスケが口にした瞬間、マユの表情がこわばった。
「ど・・・・・どうしたの?もしかして聞いちゃいけなかった?」
ジョウスケが心配そうに顔を覗き込むと、マユは小さくうなづいた。
「すいません・・・・・。私の口から話すのは・・・・・・・」
「そっか・・・・・・」
マユのその言葉だけで、ジョウスケは彼女と彼女の兄であるジン・イスルギの身の上に起こった事をある程度察した。それと同時に兄に会いたいと願うマユの辛さも・・・・・・。
もはや、聞き捨てるわけにも行かないこの状況に、ジョウスケは腹をくくった。
「わかった。ジン・イスルギを殺さなければいいんだろ?」
「そうです。けど・・・・・いいんですか?」
「ああ大丈夫だ。要は、殺さずに戦闘力を奪えばいいんだからな。それじゃあ、これから一緒にがんばろうぜ」
「あ、はい!」
そう言って、ジョウスケは立ち上がりマユに笑みを向けて手を差し出す。そのあまりに無邪気な笑顔には不安を抱えていたマユも、悩むのを一時忘れて、笑顔で手を握り返した。
その時、(大変な事になったもんだ)(ちゃんと助けてやらないとな)という言葉が、ジョウスケの頭に同時によぎった。
4・extend
「あ〜、やっぱりいいなあ。このデザイン。特にこのコート!」
ジョウスケは、格納庫に仁王立ちする自分の愛機・ヴァルレオンを見上げて笑顔を浮かべる。
このヴァルレオンに着せているコートは、制式の物ではない。ジョウスケが「本当に正式パイロットになった事を祝ってくれ」と、クロウドに対してせがんで、無理やり作成させた物だった。クロウドからすれば余計な予算と時間を取られたが、結果的に実験も兼ねて使われた素材の使用により、運動性を全く損ねず耐久力を上げられた為、問題はないのだが・・・・・・。
そういう諸所の事情も知らず、ジョウスケは暇が出来たら、機体を見に来るようになっていた。しかも、今はジン・イスルギへの襲撃を控えて、基地全体に緊迫した雰囲気が漂っている時である。ある意味、この度胸は命のやり取りをする兵士には必要とも言える。
「あ、やっぱりここにいたんですね?」
「ん?」
ジョウスケは、突然後から聞こえてきた声に振り向く。そこには息を切らせたマユがいた。どうやら走ってきたらしい。
「どうしたんだ、こんな所に?」
「ジョウスケさんを捜していたんですよ。一言お礼が言いたくて」
「お礼?」
ジョウスケは、マユの言う「お礼」の意味がわからなかった。まだ感謝されるような事をした覚えはなかったのだが・・・・・・。
「はい。今回の任務で、私を隊長補佐に選んでもらった事です。これで確実に兄さんに会えるので・・・・・・」
「(ああ、そうか・・・・・・)いやいや、気にしなくていいって。それよりも、ちゃんと兄さんと話しできるようにしないとな。そうしないとせっかく部隊に入った意味無いからな」
「はい・・・・・・」
マユは返事をしたものの、ジョウスケには彼女の表情になにか含みを抱えているように感じた。
「どうしたの?なんか気になった事でも?」
「あ・・・・・・でも、聞いていいものか・・・・・・」
「今更、遠慮なんかいらないって。何でも聞きなよ」
「じゃあ・・・・・・ジョウスケさんはどうしてパイロットになったんですか?」
「・・・・・・」
マユがそう言うと、ジョウスケは黙り込んでしまった。それを見てマユは慌てて謝り出す。
「あ・・・・・・すいません!よけいなこと聞いちゃって!!忘れてください!!」
マユは、慌てて必死に頭を下げる。それを見てジョウスケのほうも慌てふためく。
「いや、ちょっと落ち着いて!俺は別に怒ったわけでもなんでもないから!実はさ・・・・・・俺にはパイロットになった理由なんてないんだよ」
「え?」
「マユからしてみれば、不純な動機かもしれないけれど・・・・・・俺がここでパイロットしているのは「仕事」だからなんだよ」
「仕事?」
予想外の言葉に、マユは不思議そうな顔をしてジョウスケの顔を見た。ジョウスケの方は、ただ淡々と自分の事を話し始める。
「うん。俺さ、つい最近まで仕事転々としていたんだよ。それで宅配便のバイトしていた時にイスルギに行ったの。それが転機だったなあ・・・・・・」
「転機って・・・・・・何があったんですか?」
「マユのお父さん・・・・・・つまりレンジ会長を襲おうとした暴漢を未然に取り押さえたんだ」
「え!?それ知ってます!!叔父さんから聞きました!『素人に助けられた』って!」
「あ、そうだったんだ・・・・・・。まあ、そこからお礼とか言われて、そこから適性検査とか色々あって、あれよあれよと言う間に、こうなってたんだ」
「そうだったんですか・・・・・・」
「まあ俺は、マユと違ってしなきゃいけない事ってないんだよ。ちょっと情けないな・・・・・・」
「そんな事無いですよ・・・・・・」
「ありがとな。それに今は理由もあるし・・・・・・」
「理由が?」
「ああ。今はマユを助けてやる事が俺のパイロットをする理由かな」
「ジョウスケさん・・・・・・本当にありがとうございます」
「いいからいいから。あ、こんな時間だ。そろそろ昼飯も近いし行こうか」
「はい」
ジョウスケとマユは、そのまま格納庫から食堂に向かって歩き出した。
明日は、ついにジン・イスルギとの接触、ジョウスケの心は静かに高ぶっていた。
5
「ジン、用意はいい?」
「ああ、いいぜ。最高のコンディションだ」
ジンは、調子の良さをアピールするようにヴァルゼリオンを動かす。ジンもカズエも、日本最南端地区にある名もない島で、24時間以上の休息を取った為、心身ともに快調だった。
「そう。じゃあ・・・・・・いいのね?目的地をイスルギ本社にしても・・・・・・」
「まだ言ってんのか?もう決めたんだよ。いいかげんにしてくれよ」
「わかったわ。それじゃあ・・・・・・」
カズエは、ジンの答えを半ば予想していたのか、すぐさまイスルギ本社までのナビをジンに送ってきた。
「よし。これでイスルギまで直行だな。後は・・・・」
「ちょっとジン!」
「なんだよ?まだなんかあるのか?」
「そうじゃないわ!この島に―――」
カズエが、何かをジンに伝えようとした時、島の周囲から轟音が響き始めた。
「な・・・なんだ?」
「敵よ!イスルギの戦闘部隊だわ!!」
「ちっ!こんな時にかよ!!」
ジンの舌打ちと共に、島の周囲から水柱が上がり、そこから特機らしきものが飛び出し、すぐさまヴァルゼリオンを包囲し、逃げ道を完全に塞いだ。
ヴァルゼリオンを包囲している特機は十体。しかも量産型らしく、機体の形が完全に同じだった。それを見たジンは、顔に薄笑いを浮かべる。
「どうやら、イスルギには学習能力ってのが無いらしいな。量産型でヴァルゼリオンを止められると思ってんだからな・・・・・・」
ジンが、真正面にいる機体をにらんで近づく。しかし、その時突然カズエが叫んだ。
「こ、これは!?」
「何だよカズエさん!いまさら、敵機が出たぐらいで驚く事があるのか!?」
「だ・・・・だって・・・・」
「何がだってだよ?」
「だって・・・・・敵機から出る反応とフォルムがヴァルゼリオンと80%一致しているのよ!?」
「なんだって!?」
ジンは、カズエの言葉に驚きの声を上げる。周知の通りヴァルゼリオンは、エアロゲイターを壊滅させる為にカズエがビアンと共に極秘裏に作り上げたワンオフの機体で、同型の機体どころか技術の一部を流用した物さえ存在せず、80%のような高確率で同じ反応とフォルムを持つ機体など、存在しているはずが無い。
しかしジンとカズエの目の前には、現実としてヴァルゼリオンの同系機と思わしい特機が並んでいる・・・・・・それは二人にとって、薄気味悪い光景だった。その時―――
「おい、どうした?そんなに今の登場シーンに驚いたか?」
突然、全く緊張感の感じられない声が通信として入ってきた。いきなりの事に反応できずにいると、声の主は話を続けてくる。
「おい、後ろだよ。真後ろ」
その声にしたがって後ろを振り向くと、そこには一段と目立った機体があった。その機体もヴァルゼリオンに酷似していたが、驚くべき事にロボットのくせにコートを身にまとっているのだった。
ジンもカズエも、予想外の事にあっけを取られて黙ったままでいると、再び通信が入ってきた。
「聞こえてんだろ?ヴァルゼリオンのパイロット。早く返事してくれよ、俺が一人だけで喋ってて、まるで馬鹿に見えるじゃねえか」
「・・・・・・・なんだ?お前」
「ああ、聞こえてたのか。よかった。」
「いや、答えろよ」
「おっとそうだった、忘れてたぜ。悪りい悪りい」
「だから、早く答えろよ」
「わかってるって。ゴホン・・・・・」
何のつもりか、通信の相手はもったいぶって咳払いまで始めた。ジンは、もうこれ以上突っ込みを入れるのを止めて相手の言葉を黙って聞くことにした。
「最初に名乗っとくぜ。俺の名前はジョウスケ・キザキ、機体の名前はヴァルレオン。アンタが今乗っているヴァルゼリオンをとっ捕まえるために創設された部隊の隊長だ。あ、ちなみに周りにいるのは量産機のヴァルスティオン。まあ、どっちもよろしくな」
「何がよろしくだ。大体そんな事ベラベラと言っていいのか?」
「いいんだよ。別に隠しておいたってしょうがねえんだからな」
「そうか・・・・・。じゃあそろそろ殴っていいか?」
ジョウスケと名乗った男の適当な返答に怒りすら覚えて、ジンは拳を握り締めて構えを取るが・・・・
「ちょ、ちょっと待った!俺はまだアンタと戦う気は無いんだよ!!」
「・・・・・はぁ?」
ジョウスケの返答に驚いたジンの口から気の抜けた声が漏れる。もはや、ジンもカズエもジョウスケという男が何をしたいのかが全くわからなくなっていた。もっともジョウスケの方はそんなジンとカズエの困惑など気づきもせずに話を続けた。
「確かに、俺はアンタを捕まえなきゃいけない。でも今はそれより先に済ませとかなきゃいけない用事があるんだ」
「用事だぁ?・・・・・・まあいい、さっさと言えよ」
「おっ、サンキュー。ちょっと待ってな」
そう言ったと同時にジョウスケは通信を切り、隣にいるヴァルスティオンと何かを話し始めた。すると・・・・
「ちょっとジン・・・・・いいの?あんな事言って・・・・・」
ジンの気安い返事を不安に思ったのか、さっきから黙っていたカズエが話し掛けてきた。
「大丈夫だ。それに何かあっても、返り討ちにしてやるだけだ。まあ偽物なんかにやられるはずが無いからな」
「そう言われたら、開発者としては何も言い返せないわね・・・・・。わかったわ、ジンに任せる事にするわよ」
「まかせておけって」
ジンは、何の気負いもなくカズエに対して明朗に言葉を返した。すると、ジョウスケの方も何かが終わったのか、再び通信を入れてきた。
「わりぃわりぃ、待ったか?」
「いや。で、用事ってのはなんなんだ?」
「ああ、そいつはこいつから直接聞いてくれ」
そう言って、ジョウスケは隣にいたヴァルスティオンの背中を軽く叩いてジンの前に押し出した。
「いいから早くしろ。俺は急いで―――」
「兄さん・・・・・」
「!!」
通信に入ってきた声を聞いた瞬間、ジンの言葉が止まる。その声は、本当ならこの状況で聞くはずの無い人物の声だったからだ。
「お前・・・・・・マユか?」
「うん・・・・・」
二人の間には、それ以上の言葉は無く、ただ沈黙が流れていた・・・・・。
6
思いもよらないところで、妹のマユと再会したジン。ジンは、マユがここにいる理由は、大体見当がつくのだが、頭ではそれをすぐに納得する事ができずにいた。
ジンは、今ヴァルゼリオンに搭乗しているにもかかわらず、無意識に頭を掻いて、溜息をつき、その後マユに視線を戻す。
「何しに来たんだマユ。ここはお前が来るところじゃない」
「兄さんと話がしたかったの・・・・・・」
「話?」
「うん・・・・・。こうするしか兄さんと話をするチャンスが無かったから・・・・・」
そう呟くと、マユはヴァルスティオンをヴァルゼリオンに近寄らせ、その肩を掴んで叫んだ。
「兄さんお願い!これ以上父さんと争うのはやめて!!このままだと兄さんは、単なる犯罪者扱いされるだけなのよ!!」
マユの言葉を聞いたジンはその言葉を鼻で笑う
「何言ってるんだ?俺はもうテロリスト扱いされてるんだぞ?」
「確かにそうだけど・・・・・・でも、今ならまだ・・・・・・」
「無理だな・・・・・・」
「え?」
「俺は、この戦いが始まってから、既に数えるのも面倒くさいほどに兵士を殺している。今止めた所で、極刑をくらうのはほぼ確定だ」
「そんな・・・・・・」
ジンの言葉があまりに衝撃だったのか、肩を掴んでいた手の力が抜けた。ジンはその手を振り払いながら話を続ける。
「それにな、親父の奴は、俺の大切な仲間達を殺しているんだよ・・・・・・。そんな奴を許せるか?」
「で、でも・・・・・父さんは・・・・・」
「家族だって言いたいのか?冗談じゃない・・・・・奴のやっている事は肉親だからと言う事を越えている」
「・・・・・・・」
「わかっただろ?俺は親父を殺す。イスルギを滅ぼす。ただそれだけが俺の進む道だ」
「だからって・・・・そんな・・・・」
「仕方ない事だ。だからお前も・・・・・・・邪魔だ」
その瞬間、ジンの左手が高速で動き、マユの乗るヴァルスティオンの頭部を裏拳で吹き飛ばした。
「!?」
その場にいたジン以外全ての者が、驚き戸惑っている間にジンは、ヴァルスティオンの両足をローキックで両断・破壊する。頭部を失い、両足を壊されたヴァルスティオンはもはや立つ事すら出来ずに地面に倒れこむ。
だがジンの凶行はそれだけでは終わらない。ジンは、もはや動けなくなったヴァルスティオンめがけ、蹴りを高速で叩き込む。
「や・・・・やめてぇ!!」
ジンの予想外の行動に驚愕し、茫然自失となっていたマユは、ようやく我に帰って叫んだ。だが、ジンはマユの悲痛な叫びを聞いてもその足を止める事は無い。
「兄さん、なんで!?何でこんな事を!!」
「何でだって?お前もイスルギだろ?」
「え・・・・・・」
「別にお前を殺す気は無かったけど、そっちから出てきたんなら仕方がねえ。恨むんなら恨んでいい。せめて苦しまないように即死にしてやる」
そう言いながら、ジンは左腕でヴァルスティオンを掴み、右拳を振り上げる。そしてその拳の振るわれる先は、ヴァルスティオンのコクピット・・・・・・。
「ジン!貴方、何を!!」
「カズエさんは、気にしないでくれ。これは俺個人の事だからな」
「だからって!!」
「説教は後で聞く」
ジンは、カズエとの通信を強制的に遮断する。そして何の逡巡も無く、コクピットめがけて拳を放った。
しかし・・・・・・・
「待てよ」
コクピットに触れる寸前、いつのまにかヴァルゼリオンの腕は、ヴァルレオンによって背後から掴まれ、その凶行を止められていた。
「うわ。さすがに力あるなあ・・・・。こっちは両腕使わなきゃいけないなんてな・・・・・・。そんな事より大概にしとけよ。妹を殺すなんて、いくらなんでもやばすぎるだろ」
「お前には関係ない。離せ」
「関係はあるさ。だって、マユは俺の部隊の隊員だからな。それにこういうのほうっとけなくて・・・・・ね」
ジョウスケの言葉が途切れた瞬間、不意にヴァルゼリオンの眉間に何かが当たる。
「!?」
「まあ、俺だってこんな真似したくないけどさ。マユを解放してくれないと・・・・・撃つぜ」
ヴァルゼリオンに押し当てられているのは、大型の拳銃だった。いつのまにかヴァルレオンは右手に銃を持っていた。その銃は、ヴァルゼリオンの頭部に密着し、いつ撃たれてもおかしくなかった。
「銃(ハジキ)かよ・・・・・。そんな物でヴァルゼリオンを壊せるつもりか?」
「勿論。試してみるか?」
ジンとジョウスケの間に緊張が走る。長いような短いような、奇妙な時間が二人を包む。そして・・・・・・
「わかったよ・・・・・」
ジンは、結局マユを殺すことを断念し、拳を引き、ヴァルスティオンを投げ渡した。ジョウスケもヴァルスティオンを受け取った後、銃を引いた。
「へえ、予想外だな。てっきり不意討ちでもしてくるんじゃねえかと思ってたのに」
「銃を向けられてたんじゃ、怖くてできねえよ。それに・・・・・どうせならまともにやった方が後腐れなくていいだろ?」
ジンは、ジョウスケの皮肉を軽口で返しながら構えを取る。
「・・・・・・そういうつもりかよ。まあいいさ、おいマユを頼むぞ」
そう言ってジョウスケは、半壊したマユのヴァルスティオンを別な隊員が乗っているヴァルスティオンに渡す。
「こっちだって余計な被害はもう出したくないからな。やってやるさ」
ジョウスケの方も、ジンに触発されて銃を構えて対峙する。その最中、ジンはカズエとの通信をさせるべくスイッチを入れ直す。すると、案の定カズエの怒声が聞こえてきた。
「ジン!!アンタは何て事を――――」
「ああ!わかったって!!それより今からあいつのデータを分析しておいてくれ」
「データを?なんで・・・・・」
「俺の勘が正しければ・・・・・・奴の強さは、俺・・・・ヴァルゼリオン以上かもしれないからだ」
「え!?」
ジンの言葉は、カズエにとって何よりも大きな衝撃だった。だが、そんなカズエの驚愕をよそに、二体の特機の、常軌を逸した戦闘が始ろうとしていた。
7
二人の間に再び静かな空気がただ流れる。互いに相手の力量を推し量っているかのように微動だにもしなかった。
ヴァルゼリオンの目の前にあるヴァルレオンは、明らかにドミネーターである。それは同時にジョウスケがPSFを使えるということを意味している。
未だ推測の域でしかないものの、もしそれが正しいならうかつに攻めるのは自滅行為に等しい。その為にジンはジョウスケの動きを伺い、対峙する事に徹していた。
いつまで続くかわからない静寂・・・・・。だが、その均衡はついに破られる。
「行くぜ!」
最初に行動に移ったのはジョウスケの方だった。ジョウスケは、右手だけで銃を持ったままヴァルゼリオンに向けて、三点バーストで連射してきた。無論ジンも、そんなあまりにもテレフォンな攻撃を喰らう筈も無く、上半身の動きだけで弾丸を避ける。
「へえ・・・・・、さすがだな。こんなんじゃ意味が無いみたいだな」
「まあな。それに所詮ハジキだ。見たところドラムマガジンもついてないから、多くても15発程かわせば武器としての意味は無くなる。その間はハンデくれてやるよ」
「そいつは、どうも。じゃあ、遠慮なく!」
ジンの挑発に自らはまったのか、ジョウスケはヴァルゼリオンに対して、銃弾を高速で連射する。だが、それは結局先ほどと同じで、ヴァルゼリオンに対しては全く効果が無かった。
そして数秒後・・・・・・。ついにヴァルレオンの銃から、弾丸の発射が止まった。
「くそっ!
ジョウスケは、マガジンを取り替えようとジンから一瞬目を離す。それを確認したジンは、ここぞとばかりに間合いを詰める。
ジョウスケは、完全に間に合わない・・・・・・。それがその場にいた者、ほぼ全てが感じた事だった。だが・・・・・・敗北が確定しようとしているジョウスケ本人は違った。むしろジョウスケは敗北への不安や焦りを感じるどころか、余裕で笑みすら浮かべていた。
「全くせっかちな奴だな・・・・・・。もっと余裕持っていこうぜ?こういう風に!」
その時ジョウスケは、目前まで迫っていたヴァルゼリオンに対して、マガジンを変えないまま銃口を向けた。それを見て、カズエは嘲笑気味に呟く。
「無駄なあがきよ。銃弾の入ってない銃なんて、何の――――」
「G・テリトリー展開!!」
「えっ!?」
ジンは、カズエの言葉を無視するかのように、突然頭部に、収束させたGテリトリーを張る。その次の瞬間、ヴァルレオンの銃口から、尽きたはずの銃弾が撃ち出されて来た。
「来た!!」
「嘘っ!?」
飛んでくる弾丸に対して、正反対の反応を見せるジンとカズエ。カズエの方は予想外だったが、ジンは、ヴァルレオンの・・・・・いや、イスルギの機体の使う武器が、通常兵器と同じ弱点を残しているとは、微塵も考えていなかったのだ。
それを見越して、『飛んでくる弾丸をG・テリトリーで受け止め、そのまま拳を入れる』という反撃のパターンを立てた後、ヴァルレオンに向かっていったのだ。
そして、撃たれた弾丸は、ジンの予測通りに、展開したG・テリトリーに吸い込まれるように向かって来た。
だが・・・・・・・・
「何っ!?」
ジンは、その瞬間、自分の目を疑った。ヴァルレオンの銃から撃たれた弾丸は、G・テリトリーに止められるどころか、何の抵抗すら感じさせずにG・テリトリーを貫通、いや穿って来た。その時点で、既に弾丸とヴァルゼリオンの距離は数mを切っていた。
「くそっ!!」
弾丸は、もはや避けるという判断すら出来ない距離にまで迫っていたが、ジンはとっさに自分の体に重力をかけてその場に倒れこむ。間一髪で間に合い、弾丸は、ヴァルゼリオンの後頭部のスレスレを飛んでいった。それと共にヴァルゼリオンは、地面に顔面から突っ込んだ。
「うお、すげえな。よく避けたもんだ」
「ははは・・・・・。まあな・・・・・」
ジョウスケは、倒れているジンに対して拍手をしながら、偽りの無い賛辞の言葉を送ってきた。ジンも、その言葉に怒る事も無く、笑いながら立ち上がる。
「それにしても・・・・・・Gテリトリーを何の抵抗も無く穿つとはな。どんな仕掛けだよ?」
「これか?これは特別製なんだよ。ヴァルレオン・ワンオフのな」
ジョウスケは、右手の銃を人差し指を軸にして、玩具でも扱うように回転させながら話を続ける。
「この銃の名前は『アクセルレイダー』。地球上で唯一『アブソルト・パーフォレイションブリッド・システム(以下APBS)』を使用できる銃なんだ。もっとも、名前は勝手に付けさせてもらったけどな」
「APS?」
「まあ、詳しい原理は知らないけどな。聞いたところによれば、重力を弾丸にドリル状に纏わせる事でありとあらゆる障壁を威力を減殺する事無く穿孔するシステムだそうだ。言っててもよくわかんねえけど、まあ強力な兵器って事だ。
あ、言っとくけど弾丸が切れるまで粘ろうとしても無駄だぜ。こっちはレールガンと同じで射出する弾丸が極小にできているから、弾数が数万以上入ってるからな。ちなみにストライクガン(打撃武器としても使用可能な拳銃。基本的に銃口や銃底を使う)だ」
ジョウスケは、笑いながら言っているものの、その言葉はジンとカズエにとっては恐るべき宣告だった。
一切の防御が不能な兵器・・・・・・それは特機の特徴である強固な装甲と特殊防護障壁を完全に無意味にする物であり、特機を裸の人間と同等にしてしまう。そしてそれが数万以上ともなれば、弾丸切れを狙うのも不可能だ。もはやカズエの頭には、現状の打開策など浮かばず、浮かんでくるのは『絶望』の二文字だった。
しかし・・・・・・・
「なるほどな。それじゃあ絶対に当たるわけにはいかないって事か。結構、大変だ」
「大変って・・・・・お前」
ジンの言葉にジョウスケは笑った。だが、それはジンを嘲笑したわけではなかった。
「じゃあ、大変ついでにさ、見せてくれよ」
そう言いながら、ジョウスケは間合いを取りながらアクセルレイダーを構えた。それに対抗してジンも構えを取る。だが、その構えはさっき見せていたオーソドックスな構えとは違っていた。
ジンの構えは、俗に言う『ヒットマンスタイル』と呼ばれる物で、素早いジャブを打つ為の構えである。だが、ヴァルゼリオンとヴァルレオンの距離は、200Mはあり、傍目にはジャブの届く距離ではなく、ジョウスケからしてみれば、明らかに無意味としか言いようが無かった。
「おいおい、それ本気か?ジャブなんかが当たる距離じゃないぞ?」
「いいから、気にすんなよ。面白いもの見せてやるからよ」
「本気かよ・・・・・・・。じゃあ、行くぜ?」
ジョウスケは、ジンの態度をいぶかしがりながらも銃を持った右手を動かす。
その瞬間・・・・・・
「!!」
信じられない事に、ヴァルゼリオンが一瞬であの間合いを詰め、ヴァルレオンの顔面に向かって、凄まじい速さで左のリードジャブを撃ってきた。
「うわっ!!」
とっさに反応したジョウスケは、両腕で顔面をガードし、ヴァルゼリオンのリードジャブの直撃を防ぐ。だがそれは、ジョウスケにとって良い状態とはいえなかった。
ジンは、ガードするヴァルレオンに対して、矢継ぎ早にジャブを撃ち込む。そのジャブは、並みのマシンガンを軽く凌駕するスピードでヴァルレオンの両腕に速射される。
「な・・・・・ジャブってこんなやばいパンチなのか!?」
「ボクシングではヘヴィ級のジャブは、一発で相手をKOさせる事ができる。そして俺はその威力を体得している!!」
「うっ、やべえ!!」
今の状態が、圧倒的に自分に不利なのを悟ったジョウスケは、バックステップして大きく間合いを取り、ペースを自分に戻そうとした。
だが、それは不可能だった。ジンはジョウスケのバックステップより速い速度で踏み込み、ヴァルレオンのボディに左ショートアッパーを放つ。ジョウスケもとっさに反応して、その拳をアクセルレイダーの銃底で防ぐ。だが、その行動によって、ヴァルレオンの顔面のガードががら空きになった。
「もらった!!」
ジンはその隙を見逃さず、ヴァルレオンの顔面めがけて右フックを放つ。拳は、狙いをそれる事無く放たれ、重金属がぶつかる独特の音を周囲に響かせた。
終わった・・・・・。カズエも、周りで見ていたイスルギの隊員達も、それを確信していた・・・・・だが――――
「ハハハハハハ・・・・・」
ジンは、なぜか突然笑い出していた。
「ハハハハハ。ようやく・・・・抜いたか」
ジンの言葉を聞いた回りの者は、いっせいにヴァルレオンへ視線を向ける。そこには左手にもう一丁の銃を持ち、銃底でヴァルゼリオンの拳を防いでいるヴァルレオンがいた。
「何だよ・・・・・気づいていたのか?俺がダブルアームズ(二丁拳銃)だって事・・・・」
「見てればわかる。左手が手持ち無沙汰みたいだったからな」
「へえ・・・・。じゃあ、こっちまでわかってたか?」
その言葉と共に、ジョウスケは、右手の銃をヴァルゼリオンの顔面に突きつけた。ジンは、その動きに反応し、すばやく左の肘で銃底を突き上げ、射線をずらす。
「こんな動き、読むほどじゃねえな」
「そうだろうな。だけど今度はどうかな!?」
「!?」
ジョウスケの言葉と共に、ヴァルレオンは反時計回りに回転しながら一歩踏み込み、左の銃を再び顔面に突き付ける。その速さはさっきのヴァルレオンの動きとは段違いだった。ジンは、その動きの速さに面食らいながらも、動きに反応してヴァルレオンの左腕をバリングする。
だが、それでもヴァルレオンの動きは止まらなかった。左腕が弾かれるよりも早く、右手の銃をヴァルゼリオンのコクピットに突きつけた。
「うっ!?」
ジンは、何とか突きつけられた銃を左手で払い、ヴァルレオンに左前蹴りを放つ。ジョウスケは、それに反応して後に飛びのいて間合いを取った。二人はある程度の間合いを保持したまま立ち尽くし・・・・・笑った。
「フ・・・・ハハハ・・・・ハハハハハハハ!」
「ハ・・・・アハハ・・・・アハハハハハハ!」
この状況で、楽しそうに笑う二人をその場にいる他の人間は誰一人理解できなかった。だが、そんな事など二人はかまいもせずに笑った。
「ハハハハ・・・・・まさかな・・・・・。拳銃を零距離で振り回して使う奴がいるとはな・・・・。面白い奴もいたもんだ」
「まあ普通に銃を使うんなら、ハンドガンよりもライフル使えば良いって事になるからな。それじゃつまんないし、なにより個性の欠片も無い感じするだろ?だから俺なりのスタイルってやつが欲しかったんだよ」
「なるほどな・・・・・」
「それにさ・・・・・強かったろ?」
「ああ・・・・・」
「出したくなったろ?本気」
「ああ・・・・・」
「俺も出すからさ。出してくれよ」
「ああ・・・・・!!」
ジンが語気を強めた瞬間、一瞬でその場の空気の質が変わった。ジンもジョウスケも重力を操作してはいないのに、周囲にいた者は空気そのものが突然鉛のように重く、氷のように冷たくなったように感じていた。
張り詰めた空気の中、ジンとジョウスケは再び構えを取る。ジンは体中でリズムを取る打撃系の構えを、ジョウスケは仁王立ちからレフトアームズを前に、ライトアームズを肩に担ぐような構えを取った。
ジンもジョウスケも、さっきまでの友人同士のやり取りような様相とは明らかに違い、強烈な殺気が押さえ込めずに体中から漏れ出していた。
誰もが言葉を出す事すら出来ぬ中、ジンとジョウスケは一瞬で間合いを詰める為に、後に回した足に体重を少しずつかける。そして――――
「アアァッ!!」
「オラァッ!!」
ジンとジョウスケの闘い・・・・・・いや、潰し合いが真に幕を開けた。
8
ジンとジョウスケ・・・・・・ヴァルゼリオンとヴァルレオン・・・・・・互いの左腕が、相手の頭部めがけ、凄まじい速さで突き出された。
ヴァルゼリオンとヴァルレオンの腕は交差し、相手の顔面に向かう。しかし、二人とも向かってくる腕に恐れる事も無く、むしろ更に足を踏み込ませる。
互いの踏み込ませた足がどうしがぶつかり合うが、放った腕の方は二人とも、紙一重の間合いでかわしていた。
しかし、ジョウスケは自分の向けた銃口が狙いを外したと理解した瞬間、すぐさま右手の銃を、ヴァルゼリオンの脇腹に押し付けてきた。だがジンも、ヴァルレオンの動きに反応し、とっさに前方宙返りを行って銃口を外す。そしてそのままヴァルレオンの後頭部めがけ、踵蹴りを放った。
「うおっ!?」
ジョウスケは、蹴りの軌道から逃げる為、恥も外聞も無く、前方に転がった。その為、ヴァルゼリオンの蹴りは、ヴァルレオンの後頭部を掠める程度の損害しか与えられなかった。更にジョウスケは、倒れた体勢からすぐさま仰向けになり、両手の銃を宙に浮いているヴァルゼリオンに向かい銃口を突きつけた。
だが、ジンはとっさに重力操作によって、急速落下して射線から身を外し、地面に降りる。ジョウスケの方も銃弾が当たらない事を察知し、既に体を起き上がらせていた。
即座に立ち上がった二人の間に、静寂が流れる。木々の葉ずれの音や風の流れる音、それどころかパイロットの息遣いすら聞こえるかと思えるような静寂の中、再び動き出したのはジンだった。ジンは数歩踏み込むと大きく跳躍した。
「うぉぉぉぉっ!!」
一気に間合いを詰めたジンは、ヴァルレオンの顔面めがけて右足で飛び蹴りを放つ。ジョウスケは、頭部を動かすだけで軽くその一撃をかわすが、ジンは瞬く間に左足での蹴り上げの追撃を放つ。
「くっ?」
この一撃はさすがに予想外だったのか、ジョウスケは体を大きく反らせてかわす事には成功するものの、体のバランスを大きく崩してしまった。
「やべっ!?」
「まったくだ!!」
ジンは、バランスを崩したヴォルレオンに向かい、振り上げていた左足を斧を振るうように振り下ろした。それはスピード・間合いともに、先の攻撃を凌駕する物で、ヴァルレオンが慣性を消して回避を行っても直撃は不可避な物だった。
しかし・・・・・・
「喰らって・・・・・たまるかよ!!」
ジョウスケは、慣性を消して一歩後退をしながら、銃を撃った。発射音を聞いたジンは、一瞬それがジョウスケの悪足掻きだと思った。
だが、その認識は間違っていた。ジョウスケはジンに向かって撃ったのではなく、地面に向かって撃ったのだ。その瞬間、ヴァルレオンの体は銃を撃った反動で大きく動いた。
「なにっ?!」
ヴァルレオンの予想を反した動作によって、ジンが放った回避不能だったはずの渾身の踵落しが、完全に回避された。
「ヒューッ!やってみるもんだな!!」
ジョウスケは安堵の一息をつきながらも、すぐさま右手の銃を宙に浮いたままのヴァルゼリオンに向けて撃った。
「チッ!!」
ジンは銃弾をかわしながら、落下を加速して地面に滑り込み、ヴァルレオンに左足でスライディングキックを放つ。しかし、ジョウスケはすぐさま反応し、ヴァルゼリオンの蹴りを前方宙返りをしてかわし、そのまま銃弾を撃った。
ジンは地面を転がって銃弾を回避しながらヴァルレオンに近寄り、そのまま飛び膝蹴りを放つ。だがジョウスケはとっさの機転で、ヴァルゼリオンの膝蹴りを銃底で受け止める。だが・・・・・・
「やべっ!?」
ジョウスケは膝蹴りを受け止めた刹那、後方に大きく回転しながら必死にヴァルゼリオンから間合いを取った。その瞬間、ヴァルゼリオンの膝から、機体の大きさほどの重力が発生する。ヴァルレオンは、その重力にコートの端を千切られながらも、どうにか直撃は回避した。そして両者とも再び同時に着地する。
だが、さっきと違って、今度は沈黙は無かった。
「ははっ・・・・・・。インパクトの瞬間に、最速で重力を作りやがるなんてな・・・・・・」
「速度低下を最小限に抑える方法だ。軽く見た相手を騙すなんてわけない」
「だろうな・・・・・・。危うく殺られるところだったぜ」
「俺は殺れると思ったけどな」
「ハハハハハ・・・・・」
「ハハハハハ!!」
そう言うと二人は笑い出した。もはやこの二人の思考は他の者には全く理解できていなかった。激しいまでの殺意を剥き出しにしたかと思えば、軽口を言い合って笑い出す・・・・・・。なぜか、他の者にはジンとジョウスケの事が、殺し合う敵同士と言うよりも、親友同士がジャレあっているようにも見えていた。
一頻り笑った後、ジョウスケが不意に呟く。
「でも・・・・・・このままじゃ決着つかねえな」
「ああ。これじゃあ無意味に時間がかかるだけだ」
「そうだよな。じゃあさ、こうしないか?」
そう言うと、ジョウスケはいきなりヴァルゼリオンから距離をとった。すると、そこから足を引きずって地面に線を描き出した。他の者は、もはやついていく事をあきらめたのか、傍観しているだけだった。
十数秒後・・・・・・
「よし、できた!!」
ジョウスケは、一仕事終えたかのように一息ついた。
ジョウスケが描いた物は、円だった。ついさっきヴァルゼリオンとヴァルレオンが立っていた場所を中心にして、円は作られていた。その大きさはヴァルゼリオンやヴァルレオンのようなドミネータークラスの体格にしては狭く、直径は、ドミネーターの四歩分も無かった
「なるほどな・・・・・・」
「わかった?」
ジンは、ジョウスケの意図していたことを理解し、苦笑した。ジョウスケのほうもジンが理解した事を察して笑い出し、そのまま二人で円の中心に向かった。
「やってくれんの?」
「めんどくさい事は嫌いでな・・・・・・・」
そう言うと、二人は再び構えを取る。しかし、今度の間合は異常に狭く、構えを取った時に互いの足が交差をしていた。
「ルール確認するぜ。『線から出ない』『飛行はしない』でいいな?」
「OK、OK。じゃあ・・・・やるか!!」
そう・・・・・・。ジンもジョウスケも、通常の闘いでは自分達の闘いに決着をつけるには、あまりにも時間がかかることを理解していた。だから彼らは決めたのだ『零距離決着』を。
もはや二人の加熱した闘争本能は止まらず、目の前の相手に勝利するその瞬間まで、彼らは互いしか知覚する事ができなかった。
9
「馬鹿げてるわ・・・・・」
カズエは、そう言いながらヴァルゼリオンのカメラアイからの受信映像に再び目を通す。そこには、ヴァルレオン以外は激しくぶれている映像があった。時折映るノイズのような物は、ヴァルレオンの持つ銃から放たれている弾丸だろう事は読み取れた。
なぜこのような映像になったかと言うと、ヴァルゼリオンとヴァルレオンが音速を遥かに凌駕する超高速で行動しているからである。同じ速度で動いているのが目の前にいる機体のみなので、PSFを使用した状態ですら他の物体を目視する事が不可能なのである。
カズエは、映像を見る事をやめ、溜息をつきながら眼を伏せた。今、この状態でジンの為にカズエができる事は全く無い。ジンの感覚は、PSFによって、既に神経が高速戦闘用に調整されていて、カズエの声だけではなく普通の物音を聞き取る事もできないのである。
しかし、戦闘についてはカズエが危惧する事など何も無い。カズエの心配は別なところにあった。
(これが・・・・・ジンの世界・・・・・・)
カズエは、もう一度画面に眼を向ける。もはや、そこには常人である自分には理解しきれない光景があった。
これほどの速さで行動できる人間などありえない。いくらシステムと特機の力を使っているとはいえ、これほどの速さに人間の脳が対応できるはずが無いのだ。だとしたら、今のジンとジョウスケはなんなのか・・・・・。
カズエは、再び映像から眼を離し、小さく呟く。
「ジン・・・・・・貴方は、どうなっていくの・・・・・・」
その声に答える者は誰もいなかった・・・・・・。
ヴァルゼリオンから放たれる拳が疾走(はし)り、ヴァルレオンが撃つ銃弾が空を穿つ。お互いに、相手の攻撃で発生する衝撃波すらも数cmの間合いでかわしつつ、瞬きすらも挿し挟めない程の間に、既に二撃目をくりだす。それすらも数cmの間合いでかわしながら、また攻撃を打ち出す。
わずか一秒未満の間に、数十以上の致死性攻撃が交差する、たった数十mの異常な空間・・・・・・。それが今のヴァルゼリオンとヴァルレオンがの決着をつけられる唯一の『世界』だった。
「はぁぁっ!!」
ヴァルゼリオンの拳と脚がヴァルレオンの全周囲から襲いかかる。
「おっとぉ!!」
ヴァルレオンは、その空間が縮まってくるかのような攻撃を、一発ずつ確実にかわしながら、逆に自分の持つ銃をヴァルゼリオンの拳と足に突きつけてくる。無論ヴァルゼリオンも突きつけられた瞬間に、銃口から拳・脚をすぐさま外し、掠る事すらさせなかった。
一合目から十秒程度しか経過していないが、今のジンとジョウスケにしてみれば十分以上も止まる事無く攻防を続けていたような物だったが、二人とも全く疲労を感じていなかった。むしろ、その一撃ごとに生死が交錯し、一合ごとに体中を歓喜が突き抜けるのを感じていた。
だが、例え闘いに歓喜を感じているとはいえ、二人の目的は勝利である。二人ともそれを忘れておらず、攻防を続けながらも状況の打開を狙っていた。
(やはり真っ向からじゃ埒があかないな・・・・。それなら!!)
ジンは、攻防を続けながらも刹那の間をつき、側転のように自分の体を左に180度上下を反転させ、右脚で頭部を、右拳で右爪先を狙った。
「うおっ!?」
突然の奇襲に驚きながらも、ヴァルレオンは咄嗟に右足を引きながら、右膝を少し落としてヴァルゼリオンの攻撃を避け、その体勢のまま両手の銃を横にして突き出し、発射する。
「お返しだ!」
両手の銃から撃ち出された弾丸は、真っ直ぐコクピットのある腰部とドミネーターの中枢部である頭部めがけて飛んでいった。だが・・・・・・
「甘ぇよ!!」
ヴァルゼリオンは、左右に動いて避けるのではなく、宙に浮いたまま弾丸と弾丸の間に体を捻じ込んだ。弾丸は体を掠める事無く通過し、ヴァルゼリオンはそのまま体の回転を強めて、左踵をヴァルレオンの頭部めがけて振りぬいた。
「クウッ!!」
膝を落としただけでは避けきれないと判断したヴァルレオンは、咄嗟に蹴りにあわせて自らも倒れこむように体を回転させながら、銃弾を撃った。二人は錐揉み上に回転しながら、互いの攻撃を完全に避け切って地面に倒れこむ。
「ハハハッ!!」
「へヘヘッ!!」
二人は体を起こしながら、無意識に笑い声を出し、すぐさま動き出した。先手を取ったのはヴァルレオンだった。体を起こすと同時に天高く跳躍した。
「下手な鉄砲もなんとやらだ!!」
錐揉み回転しながら、ヴァルレオンは銃弾を地面めがけてばら撒いた。ジョウスケは、相手を狙い撃つよりも、無差別乱射して破壊する手段を選択した。その量は、銃弾の豪雨と呼ぶにふさわしい物だった。
だが・・・・・・
「どうあがこうが、下手クソは下手糞だ!!」
ヴァルゼリオンは、一瞬反応が遅れながらも、体を縦横に回転させながら、銃弾の隙間をかいくぐり、一瞬にしてヴァルレオンに肉薄する。
「嘘っ?!」
「だったらよかったのにな!!」
ヴァルゼリオンは、上下が逆になっているヴァルレオンに向かって、拳の連打を放つ。しかし、ヴァルゼリオンの猛攻に対し、ヴァルレオンもそれに負ける事無く、銃身や銃底を使って、ヴァルゼリオンの攻撃を必死になって捌ききる。
「ちっ!よくやるもんだな!!」
「もっと褒めてくれよ!褒められたら伸びるタイプだから!!」
「そうか・・・・。俺は、出る杭は叩き潰すタイプだけどな!!」
「そいつは、おっかねえな!!」
二人は、落下までの刹那の時間に、軽口を交わしながらも数十以上の攻撃を交差させ着地した。
(仕切りなおしか・・・・)
ジンは、すぐさま体勢を整えて立ち上がる。しかし、ジンは目の前にいるヴァルレオンの行動を見て、自分の目を疑った。なんとヴァルレオンは、着地した態勢でかがみこんだまま、項垂れるように頭を掻き毟っていた。
(なんだ?こいつ・・・・・)
さすがのジンも、この行動には違和感を感じる。それから、ほんの少し後、ヴァルレオンはうつむいたまま立ち上がって、思いもよらない事を呟いた。
「はあ・・・・・。もう終ったか・・・・」
「終っ・・・・・た?」
ジンは、突然の呟きに、つい聞き返してしまう。すると、ヴァルレオンは、だるそうに頭を上げて言葉を続けた。
「ああ。もう、この勝負は終わりだよ。これ以上やったところで意味はねえよ。」
「余裕だな・・・・・。勝ったつもりか?」
「ああ。もう、そっちの攻撃は見切ったからな」
「は!?」
「マジ。そっちの攻撃はなにやったところで、もう効かねえよ」
ジンは、ジョウスケの言葉を受け入れる事が出来なかった。ジンの戦闘のキャリアは、喧嘩も混ぜれば10年を超える。その長いキャリアの中で、自分の攻撃を見切った者など皆無だった。それにも拘らず、目の前にいるジョウスケは、もう見切ったというのだ。ジンからしてみれば、「こいつは、こんな嘘を言って何を狙っている?」としか思えなかった。
それを察したのか、ジョウスケは、また頭を掻きながら話をすすめた。
「よし。じゃあ、論より証拠だ」
驚くべき事にジョウスケは、その言葉と同時に持っていた銃を、自分の腰につけているホルスターにしまい、それどころか両手を頭の後ろに持っていって、完全に無防備な姿をさらけ出した。
「何のつもりだ?」
その、人を舐めきったとしか言えないジョウスケの態度に、苛立ちすらも感じ始めるジン。だがジョウスケは、その無頼な態度を全く崩そうとはしない。
「言ったろ?論より証拠だって・・・・・。試しに一発打ってみろよ、顔面に」
ジョウスケの言葉で二人の間に緊張が走り、ジンは、腹の底から怒りが湧き上がる。
「そうか・・・・・だったら遠慮無くぶち込ませてもらうぜ!!」
「おお!遠慮無―――」
ジョウスケは、それ以上言葉を続ける事は出来なかった。言葉が出るよりも速く、ヴァルゼリオンの拳がヴァルレオンの顔面に叩き込まれたのだ。その拳は、ジンにとってはスピード、フォーム、タイミング全てがベストな物で、一撃であらゆる物を破壊できるという確信を持つことが出来た。
だが・・・・・・
「あ〜・・・・びっくりした」
「!?」
突然、ジョウスケの声が聞こえ、その瞬間、ヴァルレオンは、ヴァルゼリオンの体を、まるで親愛の情を込めるかのように抱きしめる。
「な!?」
「じゃあな・・・・・・楽しかったぜ!!」
ジョウスケは、左手でヴァルゼリオンの肩を軽く叩きながら、右手の銃を後頭部に突きつけ、引き金を引いた。
銃口から放たれた銃声は、まるで何かの終わりを告げているかのようだった・・・・・
10
「じゃあな・・・・・・楽しかったぜ!!」
ジョウスケは、左手でヴァルゼリオンの肩を軽く叩きながら、右手の銃を後頭部に突きつけ、引き金を引く。
「クッ!!」
ヴァルゼリオンは、咄嗟に頭をヴァルレオンの側頭部にたたきつけた。
「うわっ!!」
予想外の頭突きに、ヴァルレオンは手のロックが外れ、バランスを崩して銃弾をあさっての方向に撃ちながら地面に倒れるが、ヴァルゼリオンは倒れたヴァルレオンに追い討ちをせずに一歩引いて間合いを取った。
しかし、その行動はジンが無意識的にとった行動だった。いくら自分の拳を無傷で止められるという状況があったにせよ、チャンスを不意にしてしまうという咄嗟の判断に、ジンは自分自身で驚くほどだった。そして、その動揺を察してか、ヴァルレオンは慌てず騒がず、ゆっくりと体を起こした。
「追い討ちかけて来なかったな。もしかしてビビってた?」
「まあな・・・・・。これでも小心者なんだよ」
軽口を叩きながらも、ジンは自分の拳を顔面で受け止められた事を考察し、すでに大体の理由を理解していた。
「どうした?」
「なんでお前に拳が止められたかを考えていたんだよ。そして、大体は予想がついた」
「へえ?そいつは聞きたいな」
「原因は・・・・・『慣性』。ヴァルゼリオン、ヴァルレオン共に戦闘能力の要である感性制御にある」
ジンはそう言った後、溜息を一度ついてから話を続ける。
「簡単に説明すると、本来、拳のような物を使って対象を破壊するという事象は、慣性によって運動エネルギーが保たれなければ成り立たない。だが、もしここから慣性を取り去ってしまったら、運動エネルギーの保持は成り立たず、物質同士が衝突しても破壊は成り立たない。例えどれほどの腕力を持っていたとしてもだ」
「・・・・・・・」
「お前は、それを知っていた。だからお前は、俺が拳に慣性をかける寸前に、逆に自分の顔面を当てたんだ。そうする事によって俺の拳の運動エネルギーは消え、破壊力はほぼ相殺される。そうだろ?」
「まあ・・・・・・ピンポンってとこかな。」
ヴァルレオンは、ほとんど驚いた様子を見せずに淡々と言葉を返した。
「実際は、そんなに小難しい事を考えていたわけじゃないけどな。ただ、慣性を消している時に当たったところでダメージが無いというのはわかっていたしな。けど・・・・・」
そう言いながら、ヴァルレオンは手に持っている銃をまわし始める。
「こっちの方は、そうはいかない。いくら身体の慣性を消したって、銃弾の慣性は消えない。知ってるだろ?俺達の機体にあるドミニオン・システムは、自分の身体の慣性しか消せない事を・・・・・」
ヴァルレオンは、持っている銃をお手玉のようにして遊びながら言葉を続ける。
「わかるだろ?そっちのパンチは受け止めても何とかなる。けど、こっちの銃弾は受け止めるのは無理。もう、こっからお前が勝てる要素は残念ながら0だ。俺としてもお前を殺したくは無いからさ、降伏してくれ」
明らかに素人の動作と判断・・・・それにもかかわらず、自分をここまで追い詰める最強の素人。ジンは、その比類無き強さを見せ付けたジョウスケと言う男に対して、尊敬の念すら湧き出ていた。
だが・・・・・
「終わったと思っているのか?」
「え?」
「まさか、これで終わったと思っているのか?言っておくが、俺は、この程度で勝ったと言われるほど、底の浅い生き方はしてないからな」
そう言いながらヴァルゼリオンは、ヴァルレオンに対して人差し指を突き出した。
「一発だ。後、たった一発だけで俺はお前に勝ってみせる」
「・・・・・・・・・」
ヴァルゼリオンの一言を聞いて、ヴァルレオンは遊んでいた銃を元のように両の手に戻し、溜息をついた。
「はぁ・・・・・。なんつーのかね・・・・。何でたった一言で、五分に引き戻しちまうかねえ・・・・」
「それが格の違いって奴だよ。お前も100人くらい殺せば、これぐらいの格はついてまわる」
「・・・・・これ以上怖い話はやめてくれよ。夜中に一人でトイレにいけなくなっちまう」
軽口を叩きながらも、ヴァルレオンは既に構えを取っていた。
「だから・・・・早くケリをつけようぜ!!」
そう言って、ヴァルレオンは先手を取った。機先を制したヴァルレオンは、一瞬で距離を詰め、左手の銃をヴァルゼリオンの眉間に突きつけた。
ヴァルゼリオンは即座に反応し、突きつけられた銃を右手で捌き、すぐさま左拳を突き出す。だが、ヴァルレオンは突き出された左拳に対し、慌てる事無く右手に持つ銃を突きつけた。
「チッ!!」
ヴァルゼリオンは、余裕を見せ付けるヴァルレオンの態度に舌打ちをする。そして、予想通りと言うべきか、ヴァルゼリオンの左拳は、ヴァルレオンの銃によって、何の抵抗も無く止められた。
「クソッ!!」
ジンは吐き捨てるように呟きながら、銃弾を撃たれる前に手を引いた。止められるのは予想していたものの、実際に止められると心中穏やかと言うわけにはいかなかったが・・・・。
しかし、ヴァルゼリオンはそれでも躊躇う事無く果敢に攻め込んでいく。両手両足を駆使して、上下左右に散らしながらヴォルレオンに嵐のような連打を見舞う。
だが、ヴァルレオンにとってはその程度の連打などは、ごまかしにすらなっていなかった。ヴァルレオンは、ヴァルゼリオンの放つ連打に対して、一歩も引く事無く、その全てに対して銃口を使って受け止めた。
「遅せえ!遅せえぞ!!」
「クッ!!」
「速く!!もっと速くだ!!」
「うるせえ!!」
必死に打撃を打ち込むヴァルゼリオンに対し、余裕で全てを受け止めるヴァルレオン。さっきの言葉とは裏腹に、もはやイニシアティブは完全にヴァルレオンに移っていた。
「よし。じゃあ・・・・・・そろそろこっちからも行くか!!」
その言葉と共に、ついにジョウスケは攻勢に転じた。ヴァルゼリオンの攻撃を受けると同時に、すぐさまトリガーを引いて銃弾を撃つ。
「クッ!?」
ヴァルゼリオンは、すぐさま拳を引いて銃弾を回避する。だが、回避したところへもう一方の手に持っている銃が顔面に突きつけられた。
「悪いけどな、そろそろ終わらせたいんだよ!」
言うが早いか、ヴァルレオンは躊躇無くトリガーを引いた。だがヴァルゼリオンは、弾丸発射前に右手で銃を払いながら身体ごとヴァルレオンの左手側に回りこむ。
(無駄なのはわかりきってるが・・・・・・これしかねえ!!)
ヴァルゼリオンは、払った左腕を両手で掴み、ヴァルレオンの関節を極めながら、背負い投げを放った。しかし・・・・・・
「笑わせんな!!」
投げられたヴァルレオンだったが、腕を取られた瞬間に自ら宙に飛び、体勢を入れ替えて着地した。
着地すると同時に、ヴァルレオンはヴァルゼリオンの腕を掴み、自分の右腕をヴァルゼリオンの左腕に絡め、肘関節を極め返して逃げられないように身体を密着させて、ヴァルゼリオンの喉元に銃を押し付けた。
「ぐっ!!」
「ドミネーターに慣性支配がある以上、こういう投げは通じねえ。わかりきってた事だろ!?」
「・・・・・・・・・」
「何を狙っていたのか知らないが・・・・・・あの瞬間に投げなんて、博打にもなってねえぞ?」
「よく喋るな・・・・・」
「は?」
「不安なのか?ここから何をされるかが・・・・・・。どんな手を使ってこの状況をひっくり返してくるかが・・・・」
「悪いが、今度はハッタリに騙される気はねえよ。しっかりとケジメをつけてやるさ!!」
ヴァルレオンは、自分に言い聞かせるように叫び、そして銃を強く握り締め、引き金を絞り込んだ。
鋼鉄同士がぶつかり合う音がした。そして鋼鉄の膝が、身体が地面に崩れ落ちた。その目は完全に光を失っていた。
「終わったか・・・・・」
完全に力尽きた相手を見下ろして『ジン』は呟く。
「言ったろ?後、たった一発だけだって・・・・」
11
意識を集中し、脳のレベルを通常に戻す。それによって、ジンは通常の世界へと戻っていく。
完全に戻ると、急に目が急激にくらみ、身体をふらつかせてしまった。この立ちくらみのような物は、脳の知覚領域の振幅の差によって起こるものであり、知覚を変化させる以上防ぎようがない。
ジンは、軽く舌打ちをした後、状況を説明する為にカズエに通信コールをした。すると、ほぼコール開始と同時にカズエが通信を受け取った。
「ジン!!」
スピーカーが耳元に設置してあるタイプにもかかわらず、カズエはかなりの大声で叫んだ。不意をつかれて、ジンは耳を抑える(実際は、ヴァルゼリオンが耳を抑える形になるため意味が無いが)
「カズエさん・・・・・・静かに声かけてくれよ。こっちのは耳の近くにスピーカーが―――」
「一体、なにがあったの!?いつのまにか戦闘が終わって、ヴァルレオンが地面に倒れたけど!?」
言い切る前に、声を荒げて割り込んでくるカズエに、ジンは辟易しながら答える。
「・・・・・・今から言うよ。だから、静かにしててくれ」
「ああ、そいつは俺も聞きたいな」
「!?」
突然割り込んできた声に、ジンもカズエも驚く。その声は、今撃退したばかりのヴァルレオンのパイロット・ジョウスケの声だった
「無事だったのか?」
「まあな。どうやらこっちが壊れたのは伝達系みたいだからな。動かす事はできなくても、他の機能は生きてるからな」
「そうか・・・・・それよりも―――」
「ああ、わかってる。ゲームは俺の負けだ。だから妨害はしねえよ。だからさ・・・・・・どうやって勝ったか教えてくれよ」
スピーカーから聞こえてくるジョウスケの声のトーンからは、悔しさなどよりも好奇心の方が上回っているようだった。
ジンは、一度溜息をしたのち、少しずつ話を始めた。
「拳だよ・・・・・・。この右拳をヴァルレオンの胸部に叩き込んだ。それだけの事だ」
「嘘だろ?お前パンチなんか撃ってないはずじゃ・・・・・」
「撃ったんだよ、零距離で。お前に動きが見えないように拳を密着させてな」
「え?」
「要は、中国拳法や空手の『寸勁』と同じだ。密着した敵に対して、ほぼノーモーションで拳をぶち込む技だ。お前を倒すにはこれしかなかったからな」
「そんな事ができるのか!?」
「できる。全身の関節の使い方を知れば、こんなものは箸を使うくらいには簡単に出来る」
「・・・・・・どうやるんだよ」
「正拳突きで使用する関節は20箇所。そのうち固定した『肩』『肘』『手首』の3箇所を引き、そこ以外を使用する。17箇所も使えれば、充分に刺さる」
「・・・・・・・・・ハハハ」
ジョウスケは大声を出して、ひたすらに笑った。
「ハハハハハハ!!なるほど、こりゃあ負けるわけだわ!!最後の最後の安全パイだと思ったところに、こんな隠し球を用意されてたんじゃ負けても言い訳できねえか」
一頻り笑った後、ジョウスケは息を整えながら呟いた。
「負けたよ・・・・・・。どうやら、こっちの引き出しの数が少し足りなかったな。キッチリと詰める事ができなかった・・・・・・」
「そうだな・・・・・・。なにせ、腹を・・・・・・コクピットを狙わずに、一瞬遅れてでも頭を狙いに来るんだからな」
「う?」
ジンの言葉に、負けてなお陽気だったジョウスケの声色が少し変化した。それを確信したジンは、微笑しながら言葉を続ける。
「最初に組み付かれた時から妙だとは思っていたんだ。なぜ、腹を撃たなかったのかってな。そして2回目でわかったよ。お前は俺を殺す気が無かったんだって」
「・・・・・・」
「正直な話、お前が躊躇したから俺は勝てた。それほど力量は拮抗・・・・・・いや、むしろお前の方が上だったろう。戦って勝った今だからこそ、心底そう思う・・・・・・」
「そっか・・・・・・そいつは嬉しい褒め言葉だ」
ジョウスケは、軽口で返答する物の、それはさっきまでの言葉とは微妙にニュアンスが違っていた。ジンは、自分の声に入る笑いを止め、真剣に言葉を続ける。
「なぜだ?なぜ俺を殺すのを途中でやめた?最初の銃弾にこもっていた殺気は本当の殺気だった・・・・・・なのに――――」
「・・・・・・マユの為だよ」
「!?」
「マユに約束していたんだよ。無事に兄貴と会わせるってな。さっきは頭に血が上ってて、それが頭からすっ飛んじまったけどよ・・・・・・・」
「マユとは話をつけたはずだ」
「直に会ってねえだろ?それじゃあ、約束を護った事にはならねえからな。ヴァルゼリオンを壊して、お前を降ろして、対面させて・・・・・・。そうしなきゃ約束を護った事にはならないからな」
「馬鹿な奴だ・・・・・・。それだけの為に・・・・・・」
「女にはいいとこ見せたいのが男だろ?それが俺だけを頼ってくるようなかわいい子ならなおさらだ」
「正直な男だな・・・・・・」
「それが俺のチャームポイントだからな」
「ハッ、言ってろ」
ジンは、ジョウスケの言葉に苦笑しながら憎まれ口をついた。その様子は、ついさっきまで戦っていた間柄とは思えなかった・・・・・・いや、死力を尽くして戦ったからこそ、ジンとジョウスケは互いの間にあるものが出来たのを理解していた。それこそは、あの銃と拳による壮絶な遊戯が作った、奇妙な『絆』だった。
「さて、それじゃあ、おしゃべりもここまでだな」
そう言って、ジンはジョウスケに対して背中を向ける。
「行くのか?」
「ああ。残っている用事をさっさと片付けないといけないからな」
ジョウスケに返事をしながらも、ジンは決して振り返る事は無い。
「そうか。まあ、約束は守るから安心しろよ。連絡もしないし、こいつらには手出しはさせねえよ」
「わかった」
「ああ、後・・・・・・」
「なんだよ?まだあるのか?」
「またな」
「・・・・・・ああ」
その言葉を最後に、ヴァルゼリオンは、隠していたヴァルリーフを浮上させ、その上に飛び乗り、日本へ向かい飛び立った。
「ねえ、ジン・・・・・・」
「?」
既に島が目視できなくなった頃、今まで黙っていたカズエが、急にジンに話しかけてきた。
「彼の事だけど・・・・・・」
「彼?ジョウスケの事か?」
「ええ。彼はああ言っていたけれども、本当に信用しきっていいの?もし、彼がイスルギに連絡したら・・・・・・」
「その心配は無いさ」
「なんで?どうして、そう言い切れるの?」
「アイツの戦い方が真っ直ぐだったから・・・・・・な」
「え?」
「戦闘には、そいつの本性が出る。身のこなし、得意技、攻撃に入る前のくせとかな。ある程度のレベルになれば、そこからどういう人間かがそこそこ理解できるようになる」
「なるほど・・・・・・」
「そして、アイツは俺が今まで戦った中でもっとも素直な動きをしていた。作戦も何も無く、ただ真正面から俺に銃を突きつけてきた。ただ、技量だけで俺を倒そうとし、そしてそれほどまでに俺を追い詰めた」
「・・・・・・・・・」
「騙しの技術を知らないと言ってしまえば良いかもしれないが、そうとは言い切れないと俺は思う。そう感じさせる不思議な奴だったよ・・・・・・」
「・・・・・・フフフ」
ジンの言葉を黙って聞いていたカズエが、突然笑い始めた。いきなりの事に、ジンは戸惑う。
「ど・・・・・・・どうしたんだよ?急に笑い出すなんて・・・・・・」
「だって・・・・・・ジン気づいてる?あなた今とても楽しそうに喋っていたのよ?まるで初めて友達を作った子供みたいにね。それがなんだか微笑ましくって・・・・・・」
「な・・・・・・」
ジンは、ヴァルゼリオンに意識が移っているのにもかかわらず、自分の顔が紅潮するのがわかった。カズエは、それを知ってか知らずか微笑みながら話を続ける。
「ジンは、元々友達づきあい少ないしね。DCにいた時だって、プライベートで遊んでいたのって、プロジェクトTDの候補生のアイビスちゃんだけだっけ?」
「う・・・・・うるせえ!!それより早く日本に行くぞ!!」
そう言うと、ジンは強制的に通信を遮断した。明らかに照れ隠しのその行動にカズエは、笑いをこらえられなかった。
「フフフ・・・・・・。その行動も子供よ、ジン」
カズエは、笑いながらもヴァルリーフのオートメンテナンス装置を起動させたあと、自動航行装置に日本のイスルギ本社の座標を入れる。
これで、全てが終わる・・・・・・だが反対に、そうとは言い切れない何かも自分自身の中にある事をカズエは感じ取っていた。
弱きはいけない・・・・・・ジンなら何とかするはず・・・・・・。カズエは強く自分に言い聞かせ、キーボードのエンターボタンを押した。
画面に映る「決定」の文字が、なぜか、もう引き返せないという事をつきつけられている様な気がした・・・・・・・。
12
「おい、マユ。起きろ」
ジョウスケは、コクピットで意識を失っているマユの身体を揺すって起こそうとする。
「う・・・・ん」
うっすらと瞼を開けるマユを見て、どうやら最悪の状況にならなかったことにジョウスケは安堵した。
「おはようさん」
「・・・・・・おはようございます」
「痛い所とかあるか?」
「いえ・・・・・・大丈夫です」
「よし、じゃあ外に出るか。はい、手」
「あ、はい」
ジョウスケが差し出した手をマユはしっかりと握った。ジョウスケは、ヴァルスティオンのコクピットからマユを出し、ようやく全ての仕事を終えたという感じで、その場に座り込んだ。
「ジョウスケさん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。ちょっとばかし疲れちゃっただけだから・・・・・・あ、コーヒー飲む?」
「あ、いただきます」
「俺は、カフェオレ飲むけど、マユは?」
「無糖ブラックで・・・・・・」
(やっぱり)
二人は並んで、その場に座り込みコーヒーを飲み始める。一口飲んだあと、二人の視線は、その先に倒れているヴァルレオンに注がれた。
「すげえよな、マユの兄ちゃん」
「え?」
「正直、俺は100%勝ちを確信していたんだよ。それをマユの兄ちゃんは、たった一発入れて状況を逆転させたんだ。それも無傷に近い状態でな。ありゃあ、並どころかどんな凄い奴でもできねえよ」
「・・・・・・」
ジョウスケがジンの事を褒めても、マユは、ただ俯くだけだった。やはり、さっき殺されかけたことが尾を引いているのだろう。
ジョウスケは、マユの不安を抑えようと静かに話し掛ける。
「・・・・・・今のマユが、兄ちゃんの事をわからなくなっているのはわかるよ。でもアイツは、悪い奴じゃないよ。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「・・・・・・ただ、今のあいつは、きっとああするしかできないんだよ。あいつには、あいつなりに守らなきゃいけないものがあるんだろうしな・・・・・・」
「そう・・・・・・ですか」
今の言葉が届いたのか、ジョウスケには、マユの顔からほんの少しだけだが暗い影のような物が消えたように見えた。
しかし・・・・・・
「甘い事を言っても、仕事ができなければ何もならないんじゃないか?ジョウスケ隊長殿」
「ん?」
ジョウスケが声のする方へ振り返ると、そこには見慣れぬ男と女性が二人立っていた。だが、その三人を見た瞬間、ジョウスケの皮膚に鳥肌が立った。目の前にいる三人からは、普通の人間とは思えない寒々しい物が伝わってきたからだ。
「誰だよ、あんたら?俺の部隊にはいない顔だけど・・・・・・」
「キョウシロウ・ミナガミ。本来は会長のSPとして働いているが、現在は特命でジン・イスルギの動向を監視している」
「監視だって?じゃあ、さっきのも・・・・・・」
ジョウスケの不満げな様子を見て、キョウシロウは笑みを浮かべる。
「ああ。しかし・・・・・・ずいぶんと笑わせる闘いだったな」
「笑わせるだ?」
「そうだ。あんな狎れあいなど笑うしかないだろう?」
「勝手に笑ってろよ。それよりも何しに来たんだ?馬鹿にするんだったら通信でも良いんじゃないか?」
「ああ、悪かったな。伝えたい事があるのと、君を見てみたかっただけだ。ナイフコンバットの名手、シンイチ・フルミヤを、低出力ゴム弾で、しかもたった4発で倒した男の顔を見ておこうと思ってな」
「そいつは、どうも・・・・・・で、伝えたい事ってなんだ?」
「会長の義理の弟であるノブユキ・タカナカ(高中 信行)氏が、ジン・イスルギ抹殺に動いた。最新機である『ヴァーミリオン』に搭乗してな」
「!!」
ノブユキと言う名前を聞いたとたん、マユの顔が蒼白になり、持っていたコーヒー缶が手から滑り落ち、地面とぶつかって音を立てながら半分ほど残った中身がこぼれていった。
「何で・・・・・・何でノブユキ叔父さんが兄さんを!?」
マユは、キョウシロウにすがり付いて叫ぶ。そうしなければ立っていられないかのように・・・・・・
「ノブユキ氏は、俺の上司で会長直属のSPのリーダーだ。彼は会長の為に、会長を狙うテロリストを始末する為に動き出しただけだ」
「そんな・・・・・・」
マユは、手で顔を覆い、声を殺して泣き出した。実の兄と叔父が殺しあう・・・・・・まだ少女の身で、あまりにも苛烈な運命を背負ったマユのことを思うと、ジョウスケは言葉も出なかった・・・・・・だが―――
「・・・・・・泣くな」
「!?」
突然、キョウシロウは泣き出すマユの髪を掴んだ。
「なんだ?その涙・・・・・・悲劇のヒロインぶっているのか?そういうのがイラつくんだよ・・・・・・」
「い・・・・・・痛い!!」
マユは、突然のキョウシロウの凶行に必死に抵抗する。だがキョウシロウの狂気じみた行動は止まらなかった。
「ガキだからと言って、泣けば良いと思うなよ?世の中にはお涙頂戴の芝居を嫌いな奴だっているんだよ・・・・・・」
「そんな・・・・・・芝居なんかじゃ―――」
「だったらなんだ!?この―――」
「おい、その汚い手を離せ・・・・・・」
マユを脅かすキョウシロウの頭に、ジョウスケは両手に持った銃を突きつける。その銃は、シンイチとの闘いに使った物とは違い、実弾を込めてあり高い殺傷能力を持つイスルギ製大型ハンドガン『石動壱式 神雷(カムイカヅチ)』だった。
「なんのつもりだ?ジョウスケ隊長・・・・・・」
「何のつもりも、こういうつもりだよ。さっさとマユの髪から手を離せよ。じゃないと・・・・・・」
「貴様!!」
「キョウシロウ様に!!」
「よせランファ!レイファ!」
ジョウスケの行動に、レイファ・ランファと呼ばれる女性達は、形相を変えてジョウスケに向かおうとするが、逆にキョウシロウに止められた。
「わかった。彼女を放せば良いんだな」
キョウシロウの表情が和らぎ、マユの髪を掴んでいた手を離した・・・・・・と同時に、キョウシロウは、マユをジョウスケに突き飛ばす
「きゃあ!!」
「うお!」
突き飛ばされたマユを咄嗟に抱きとめるジョウスケ。そこへ間髪入れる事無く、キョウシロウの左掌低が襲いかかった。
「チイッ!!」
ジョウスケは、抱きとめたマユを左脇に抱えながら、掌低をスレスレでかわして、右手の銃をキョウシロウの顔面に突き付ける。
だがキョウシロウは、すぐさま右手で突きつけられた銃をいなし、右膝を差し込んでくる。
「ウオォォォッ!!」
ジョウスケは、必死に後ろに跳んで、着地と同時に回転しながら右手の銃を突き出す。だが、キョウシロウも、いつのまにか逆手に握っていた大型のナイフをジョウスケの眼前に突きつけた。
刹那の緊張の後、キョウシロウは笑いながら手を引く。
「なるほど、やはり流石だな。」
早々にナイフを引いたキョウシロウは、そのまま身を翻してジョウスケに背を向けた。
「お・・・・・おい!テメエ!!」
「よく考えたら、伝える事も伝えたからな。帰ることにする」
そう言うと、ジョウスケの言葉を聞かずにその場を立ち去って行く・・・・・が―――
「そうだ。最後に・・・・・・」
「なんだよ」
「お前が逃したジンだが・・・・・・どうせ、すぐに殺される。」
「・・・・・・」
「この俺に・・・・・・いや『ヴォルバリオン』によってな・・・・・・ククク・・・ハハハハハハハ!!」
キョウシロウは、笑いながら、呆然とするジョウスケの前から立ち去っていった。
「ジョウスケさん・・・・・・」
キョウシロウの狂気に怯えきって、涙を流してすがりつくマユをジョウスケは強く抱きしめながらキョウシロウの背中を睨みつけていた。
(ジン・・・・・・死ぬなよ。お前は、あんな奴に殺されて良い奴じゃねえ!!)
次回予告
ついに日本へと到着したジン。
だが、そこには最新機体『ヴァーミリオン』に乗った実の叔父『ノブユキ・タカナカ』が待ち受けていた。
禁断の兵器『GCライフル』により、徐々に追い詰められる中、ジンはある決断を下す・・・・・・
次回『復讐の終焉』
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